ばさん仲間だし」
「なんか麻美子って欲張りだな」
隆は、麻美子のひとり言に苦笑した。
「ただ、可能性として考えられるのは、香織
っていうのは、うちらが船を保管している横
浜マリーナで主催しているクルージングヨッ
ト教室の生徒さんなんだよ」
「それは、わかっているわよ」
麻美子は、隆に返事した。
「ってことは、」
ばさん仲間だし」
「なんか麻美子って欲張りだな」
隆は、麻美子のひとり言に苦笑した。
「ただ、可能性として考えられるのは、香織
っていうのは、うちらが船を保管している横
浜マリーナで主催しているクルージングヨッ
ト教室の生徒さんなんだよ」
「それは、わかっているわよ」
麻美子は、隆に返事した。
「ってことは、」
「トレードって言うけど、アクエリアスから
香織ちゃんを出すとして、ラッコからは一体
誰を香織ちゃんの代わりに出すつもりなの」
「それはそうね」
麻美子は、隆に言われて、気づいた。
「香代ちゃんはぜったい駄目だし、陽子ちゃ
んは隆の話し相手だし、瑠璃ちゃんはラッコ
にいてくれるだけで雰囲気が明るくなる大切
なムードメーカーだし、雪ちゃんは私とほぼ
同い年のおばさん同士の井戸端会議できるお
「それって、今ここで話す内容なのか?周り
に他の社員もいっぱい食べに来ている中で」
隆は、麻美子に言った。
「別に良いんじゃないの。知られて困るよう
な話でもないし、今はお昼休みなんだから、
仕事と何の関係も無い、プライベートな話を
していても良いんじゃない」
「まあ、そうだけどね」
隆は、麻美子に答えた。
「トレードね」
「香織ちゃんってトレード出来ないかな?」
会社で、お昼休みの時間になったので、麻美
子は、隆に話しかけた。
「トレード?」
「うん。香織ちゃんがね、アクエリアスじゃ
なくて、私たちと一緒に、ラッコに乗りたい
って言うのよ」
麻美子は、隆に相談した。
麻美子が隆に相談していたのは、会社の昼休
み中に来ていた渋谷の食堂だった。
麻美子は、車を運転しながら助手席の隆に声
をかけたが、隆からは返事が無かった。
麻美子は、信号待ちでチラッと助手席の方に
目を向けると、隆は眠ってしまっていた。
「なんか倦怠期の夫婦みたいなんだけど」
さっきまで香織や陽子たちと大声で話して
いた隆が、皆が降りてしまうと、すぐに居眠
りしてしまっているのを見て、麻美子は苦笑
していた。
「お酒かな、気持ち良さそうな寝顔」
車は、マリーナ駐車場を出発すると、近くの
根岸駅まで移動し、そこで皆を車から降ろし
て、皆は根岸線に乗り換えて、それぞれの自
宅に帰っていった。
皆を降ろすと、麻美子は助手席の隆だけ乗せ
て、東京の中目黒の自宅に向かって、運転を
続けていた。
「香織ちゃんって、かわいい子だったよね。
本当にうちのラッコになれたら良いのにね」
麻美子は、隆に言った。
隆が、香織に言った。
「普段は、おとなしそうに見えていて、内心
はすごい情熱を持っている。一度、ヨットの
ラットを握らせれば、その本性はすごい」
隆が言った。
「何よ、それ」
運転していた麻美子が吹き出していた。
「それは一度、ラッコに乗って、香代ちゃん
が変身した姿を拝見してみなきゃだわ」
香織は、隆に返事した。
「ボースンは、ヘルマーのこと」
隆が説明した。
「ヨットの舵を握っている人のこと」
「ああ、今日のレースだと、隆さんの担当し
ていた場所のこと」
「そうだね」
隆は、香織に頷いた。
「可愛いから、ぜんぜんそう見えない」
「だろう、ぜんぜん見えないだろう。でも、
実はラッコのヘルマーなんだよ」
麻美子が運転席に座り、隆と一緒に香代が助
手席に座っていた。
「香代ちゃんって、いつも隆さんと一緒に、
そこの席に座っているんだ」
「うん。うちのかわいい子供だからね」
運転席の麻美子が、香代の頭を優しく撫でな
がら、香織に答えた。
「こう見えて、香代はうちのボースンだよ」
隆が、香織に言った。
「ボースン?」
「もしかして、皆いつも、この車に乗ってい
て、ヨットの行き帰りも一緒なの?」
香織も、皆と一緒に隆の車へ乗り込みながら
聞いた。
「すぐ近くの最寄り駅までだけどね」
陽子が、香織に答えた。
「本当、ラッコの活動って、合宿みたいで楽
しそうなんだけど」
香織は、陽子に言った。
「他のヨットもだいたいこんなだと思うよ」
「なんか、香織ちゃんも、うちのヨットのク
ルーみたいに思えるんだけど」
麻美子が今日出会った新しい仲間、香織に話
すと、香織も嬉しそうに麻美子へ頷いた。
「香織ちゃんも、来週からラッコへ一緒に乗
れば良いのにね」
「私も、ラッコのクルーになりたいな」
香織は、隆に言った。
マリーナの駐車場に到着すると、皆は停まっ
ている隆の丸い車、エスティマに乗った。
「私たち友達チームで、香織ちゃんも一緒で
うらら借りてレースに出るの良いね」
陽子が、隆の案に微笑んだ。
ビールパーティーが終わって、ラッコのクル
ーたちは隆の車が停まっているマリーナの駐
車場までの道をブラブラとお喋りをしながら
歩いていた。
「香織ちゃんも一緒にいるよね」
麻美子は、隆と陽子の横に並んでいる香織を
見つけて言った。
陽子が言った。
「このメンバー?」
「うん。ラッコのメンバーの隆さん、麻美ち
ゃん、香代ちゃんに瑠璃ちゃん、雪ちゃんと
私に、香織ちゃんも入れたメンバーで優勝し
たくない」
「してみたいね」
雪が頷いた。
「そしたら、今のメンバーで、松浦さんから
うららのヨットを借りるか」
「ラッコが優勝したとき?」
隆は、麻美子の言葉に反応した。
「ラッコが優勝する時って、そんな日はほぼ
来ないだろうけどな」
自分のヨット、木材が豊富に使われた重たい
船体を想像しながら、隆は苦笑していた。
「だから、きたらの話よ」
「きたらの話ね」
隆は、麻美子に頷いた。
「このメンバーで優勝できたら良いな」
隆が言った。
「そんな無理よね、言えないよね」
麻美子は、香織の頭を撫でた。
隆も、陽子も、レース中からすっかり香織と
仲良くなってしまっていたが、麻美子も優し
い性格の香織と仲良くなってしまっていた。
「今度、ラッコが優勝した時には、香織ちゃ
んも一緒に上がって、ステージで喋ろう」
「うん!」
香織は、麻美子に大きく頷いた。
「ただいま」
「おかえり」
ステージ上から戻って来た香織に、麻美子が
言った。
「もっと話せば良かったのに」
陽子が、香織に言った。
「え、何を話したら良いかわからないよ」
「スピンのトリムを覚えましたで良いじゃん
中村さんに、あんな長く話させないで香織が
喋ってしまえば良いんだよ」
「中村さん、もう良いよ」
隆は、長すぎる中村さんの話に呟いていた。
「相当、お酒が入っているんだろう」
「うん。だってパーティー始まる前から、か
なり飲んでいたもの」
麻美子が、隆に答えた。
「よほど嬉しかったんだろうな」
「本来、優勝なんかできるはずもないヨット
で優勝しちゃったのだものな」
隆は、中村さんの演説に苦笑していた。
司会から言われて、中村さんからマイクを受
け取ったクルーが一言コメントした。
クルーのコメントが終わると、マイクは香織
のところに手渡された。
「え、私?」
香織が、マイクを手渡されて困っていると、
「彼女は、今年のヨット教室の生徒で、まだ
ヨットに乗るのは今日が2回目なので」
中村さんが伝えると、マイクを香織から受け
取り、さらに中村さんの喜びの声が続いた。
「それじゃ、優勝艇から優勝のコメントもら
いましょうか」
マリーナ職員が言うと、優勝艇の中村さんに
マイクを手渡した。
「どうも、優勝のアクエリアスです」
中村さんは、お酒もかなり入っていて、自艇
の優勝に高揚して、喜びの話がかなり長くな
っていた。
「クルーの方にも何か一言お願いします」
司会のマリーナ職員が言った。
香織は、ラッコの皆とここに残って、ステー
ジを眺めているつもりでいたのだった。
「大内さん!」
ステージ上のアクエリアスには、中村さんと
もう1人の男性クルーの2人だけだった。
その中村さんが、ステージ上から香織のこと
を呼んでいた。
「ほら、行って来な」
隆は、香織のことを背後からそっと押した。
香織は、仕方なくステージへ上がった。
麻美子が、自分の横に隆、陽子と一緒に立っ
ていた香織に言った。
「そうだよ、香織ちゃんも行かなきゃ」
「え、じゃあ行こう」
香織は、隆の袖を引っ張った。
「俺たちは、アクエリアスの人間じゃないも
の。ただの手伝いで乗っていただけだから」
「そうよ、香織ちゃんは行ってきなよ」
隆と陽子が、香織に言った。
「え、私は別に良いよ」
中村さんも1位のトロフィーを受け取った。
「優勝した船のクルーの皆さんも、ステージ
上にお集りください」
職員に呼ばれて、各艇のクルーたちも、ステ
ージ上に上がった。
1位のアクエリアスのクルーたちといっても
今日は1人しか来ていないが、ステージ上に
上がると、トロフィーを持っている中村さん
の横に並んだ。
「香織ちゃんも行かなきゃ」
「2位はプロント」
職員は、見た目の順位、着順を発表した。
「続いて、修正した上での総合順位は、第1
位はアクエリアス、2位はビッグショット」
職員が発表すると、クルージング艇のアクエ
リアスが1位と聞いて、会場は響めいた。
「続いて、トロフィーの授与です」
1位から3位までの各艇オーナーがステージ
上に呼ばれて、職員から表彰状とトロフィー
を受け取っていた。
隆や陽子からレース中の話を聞くと、麻美子
が香織にそう言った。
「え、それは言い過ぎです」
香織は、麻美子の言葉に照れていた。
「それでは本日のレース結果の発表です!」
横浜マリーナ職員が、ビールパーティー会場
の一段ステップが上がったステージ場にマイ
クを持って立った。
そこから会場にいる人たちへ話していた。
「着順の順位は、第1位はうらら」
「そうだよ。香織ちゃんは、私たちと一緒に
ジブやったり、スピンをトリムしたりしてい
たじゃない」
隆に加えて、陽子も香織に言った。
「ほぼ、香織ちゃんがアクエリアスを優勝さ
せたようなものだから、堂々と自信を持って
良いと思うぞ!」
隆が、香織に言った。
「そうなの?意外に、中村さんよりも香織ち
ゃんが活躍していたんじゃないの」
「あ、そうだね」
香織は、陽子に大きく頷いた。
「香織ちゃん、頑張ったわね」
麻美子は、レース結果の用紙を見せながら、
香織に言った。
「私は、別に何もしていないけど」
香織は、麻美子に褒められて、恥ずかしそう
に言った。
「香織、何もしていないこと無いじゃない」
隆が、香織に言った。
麻美子も、隆に言った。
「もちろん、中村さんも上手いんだけど」
隆は、麻美子に言った。
「アクエリアス自体も足の速いヨットだよ」
「そうなんだろうね、あれだけスタート遅れ
ていたのに、追い抜けちゃうのだものね」
麻美子も、隆に頷いていた。
「中村さん、別に何もしていないよね」
陽子が、香織に囁いた。
「レースでずっと操船したの隆さんよね」
「へえ、総合時間でアクエリアスがレース艇
をぜんぶ追い抜いているんだ」
隆は、瑠璃子の言葉に驚いていた。
「さっきさ、中村さんが、その話を隆さんに
話していたよね」
「でも、まさか1位とは思わなかったな」
陽子も、香織も瑠璃子と話していた。
「中村さん、すごいじゃない!」
隆が言った。
「ね、アクエリアスってすごいよね」
「うん。隆さんたちって優勝だよ」
瑠璃子も、麻美子と一緒に隆へ話した。
「ゴール時間で私たちもう何度も計算し直し
て確認したものね」
「そうなの。一番最初にゴールラインをゴー
ルしたのは、うららさんかもしれないけど、
時間を記録して、レーティングで修正して行
くと、9番目にゴールしたアクエリアスが1
番になってしまうのよ」
瑠璃子は、隆に言った。
それから、ビールパーティーが終わるまで、
中村さんたちアクエリアスのメンバーが座っ
ていたテーブルでなく、ラッコのクルーたち
のテーブルで一緒に話していた香織だった。
「隆、アクエリアスって優勝だよね」
麻美子は、隆に伝えた。
「優勝って?」
「やっぱり気づいていないんだ」
隆の反応を見て、麻美子は言った。
「今日のレースは優勝だってさ」