片桐一郎には、今年6年生になる息子が1人
いた。
「俺だけじゃなく、息子がヨットを楽しめる
環境も作ってやりたいな」
いつも自分だけが、日曜日になるとヨットへ
乗りに、横浜マリーナに来てしまうのではな
く、息子にもヨットに親しんで楽しんでもら
えるようになったら良いのにと考えていた。
そのために、わざわざやりたくもない横浜マ
リーナの理事にも立候補したのだった。
片桐一郎には、今年6年生になる息子が1人
いた。
「俺だけじゃなく、息子がヨットを楽しめる
環境も作ってやりたいな」
いつも自分だけが、日曜日になるとヨットへ
乗りに、横浜マリーナに来てしまうのではな
く、息子にもヨットに親しんで楽しんでもら
えるようになったら良いのにと考えていた。
そのために、わざわざやりたくもない横浜マ
リーナの理事にも立候補したのだった。
片桐一郎は、自分のヨットの傷んできている
箇所をあっちこっち眺めながら呟いた。
「今度、セイルも新調しなきゃならないな」
ブームに付いている古いセイルを確認しなが
ら独り言を呟いていた。
「いや、その前に、今は子供たちのOPを何
隻か購入しなければならないな」
OPを買うための資金源が、片桐一郎の頭を
悩ませていた。
「理事会で、予算を多少でも頂けたらな」
共同所有といっても、8人で同額の資金を均
等に出し合って購入したというわけではなく
1/3ぐらいを片桐一郎が負担して、残りの
分を7人で分担して購入したヨットだった。
資金でいくと、片桐一郎が一番多く負担して
いるので、8人のオーナーの中では、片桐一
郎が筆頭オーナーということになる。
筆頭オーナーが片桐一郎で、8人での共同所
有なので、八郎丸という船名だった。
「この船も、だいぶ古くなってきたな」
ラッコやアクエリアスは、今井隆や中村さん
が単独で所有しているヨットだった。
片桐一郎のヨットは、8人共同で所有してい
るヨットだった。
共同所有といっても、8人で同額の資金を均
等に出し合って購入したというわけではなく
1/3ぐらいを片桐一郎が負担して、残りの
分を7人で分担して購入したヨットだった。
1人でヨットを所有するのは、コストが大変
なので共同所有するヨットは多かった。
「ありがとう!」
「いいえ、お気をつけて」
テンダーが、片桐一郎のヨットに着艇すると
片桐一郎はテンダーを操船してきてくれたマ
リーナ職員にお礼を言ってから、自分のヨッ
トに乗り移った。
片桐一郎のヨットは、YAMAHA製の30
フィートのヨットだ。もう進水してからだ
いぶ経つヨットで、マリーナでも結構古い
方のヨットだった。
どちらかというと、今井隆のラッコよりも、
中村さんのアクエリアスと同じような保管ス
タイルだった。
「あ、こんにちは」
「これから出港ですか?」
「いえ、少し船内でのんびりするだけ」
片桐一郎は、3つ隣の場所に係留している顔
見知りのアクエリアスの中村さんと一緒のテ
ンダーになって、2言3言、言葉を交わして
会釈をしていた。
今井隆のラッコは、隆が出航したい時には、
マリーナの職員に頼んでクレーンでヨットを
海上に降ろしてもらってから、海に出航して
いる。
片桐一郎のヨットは、マリーナ沖合いの海上
に係留されているため、マリーナの職員が操
船しているテンダー、小型のボートに乗って
そこまで連れて行ってもらってから、ヨット
を出航させている。
「送っていただきありがとうございます」
といっても、今井隆が33フィートのナウテ
ィキャット、ラッコを保管している敷地内に
ヨットを保管しているわけではなかった。
「お願いします」
片桐一郎は、理事会での熱の入った討論で熱
くなった自分の頭を冷やすため、横浜マリー
ナのテンダーボートサービスに乗って、沖に
停められている自分のヨットへ向かった。
片桐一郎のヨットは、アクエリアスと同じよ
うに、マリーナ沖に係留されていた。
「だから、それは対象者が大人たちだけのヨ
ット教室ですよね」
片桐一郎は、理事会での討論に思わず熱が入
ってしまっていた。
「そうじゃなくて、少年少女たちのものを始
めたいのです!」
片桐一郎は、ヨットマンだった。
今井隆がヨットを保管している横浜マリーナ
に同じくヨットを保管していた。
そして、マリーナの理事の1人でもあった。
「隆さん、起きないの?」
昨夜は、遅くまでラッコを操船していたので
朝寝坊をしてしまうのではないかと思ってい
た隆だったが、朝の6時頃に目が覚めてしま
った陽子が、横に寝ている隆に声をかけた。
「いま何時?」
「ちょうど朝の6時ぐらい」
「いけない、随分と寝過ごしてしまったな」
隆は、慌ててベッドから起き上がった。
「瑠璃ちゃんたちも今、起きた所みたい」
「なんだ、皆それぞれ3ヶ所に別れて寝てい
るのか」
隆は、開けっ放しのアフトキャビンの扉から
中に入ると、そこに寝ていた陽子を見た。
「俺も、ここの横で寝てもいいか」
「うん」
陽子は、ベッドの奥側に自分の身体を移動し
て、隆が寝れるように手前側のスペースを空
けてくれた。
「おやすみ」
隆は、後は麻美子と香代に、GPS航海計器
を任せて、キャビンの中へ入った。
「麻美子、たまにはラット代わってやれよ」
キャビンに入る前に、隆は、ずっとラットを
香代に任せっぱなしで、後部デッキで座って
いる麻美子に言った。
「うん、わかっている。おやすみ」
麻美子が、隆に答えた。
「おやすみ」
隆は、キャビンの中へ入った。
三浦海岸を通り越して、目の前に見えている
大島に向かって走っていた。
大島の波浮港は、島の反対側にある漁港なの
で、ぐるっと大島を回り込む必要があった。
「俺も、少し寝てきていいか」
隆が、2人に言った。
「コースは大丈夫だよな?」
「うん」
ラットを握っている香代が、GPSの画面を
眺めながら頷いた。
アフトキャビンの扉が開いていて、中のベッ
ドに、香代と麻美子が使っていたタオルケッ
トがそのままになっているのが見えたので、
陽子はアフトキャビンで横になった。
「明るくなってきたな」
4時半ぐらいになって、朝陽が登って、海は
明るくなってきた。
「目の前の大きな島が大島だ」
ラッコは、東京湾の入り口、三浦半島の突端
三崎を通り越していた。
香代は、麻美子にそう言われて、コクピット
の操船席に移動して、陽子と代わって、ラッ
トを握った。
「それじゃ、おやすみなさい」
麻美子、香代の2人と交代で、陽子、雪、瑠
璃子が寝るためにキャビンの中へ入った。
雪が、パイロットハウス一段下のギャレー前
のサロンで眠ったので、瑠璃子はパイロット
ハウスのサロンで横になった。
「じゃ、私は後ろで寝ようかな」
「いま何時だと思っているの?」
「え、4時かな」
麻美子は、隆に聞かれて答えた。
「ウォッチは、前半と後半で半分ずつ交代っ
て言ったのに、一体何時まで寝てたんだよ」
「そうか、ごめんね」
麻美子は、隆に言われて、皆に謝っていた。
「とりあえず、ラットをずっと握ってる陽子
から代わってあげなよ」
「そうね。香代ちゃん、代わってあげて」
「おはよう!」
夜中の3時過ぎ、というかほぼ明け方の4時
ぐらいの時間になって、夜のウォッチをして
いたグループが眠くなって静かになってきた
頃、キャビンの中で眠って元気を回復した麻
美子が大きな声で起きてきた。
「元気だな」
隆は、眠そうな声で、麻美子に返事した。
今は、ラットは瑠璃子からまた陽子に代わっ
て、陽子がラットを握って操船していた。
「もう少し、せめて30分ぐらいは頑張って
ラットを握ろうよ」
隆が、雪に言った。
「だって、私これ苦手なんだもの」
「苦手だから頑張って握るんだろう」
隆に言われて、雪はきっかり30分だけ握る
と、早々に瑠璃子とラットを交代していた。
「後半は、結構まっすぐに走っていたよ」
「そんなことないよ」
雪は、隆に言われて照れていた。
「もっと、しっかり真っ直ぐに握らないと」
隆は、雪がラットを握っている間、ずっとラ
ットの下端部分を自分の足で支えて、雪の操
船をサポートしていた。
「ね、瑠璃ちゃん。疲れたから交代してもら
えないかな」
陽子からラットを引き継いで、まだ5分ぐら
いしか経っていないのだが、もうラットを握
っているのが疲れたとかで、雪は早々に瑠璃
子とラットを交代したがっていた。
「はい、次は雪と交代」
30分ぐらい陽子がラットを握った後で、隆
は雪に命じた。
雪が陽子からラットを引き継いで、必死にラ
ットを握っていた。
陽子から雪にヘルムが代わって、ラッコの船
体は、右に左に少し蛇行しながら走り始める
ようになっていた。
「しっかりまっすぐ持とうな」
隆が、雪のラットをサポートしていた。
瑠璃子が、後ろを振り返って、船の進んでき
た後方の波、航跡を確認して言った。
「そうだよね。私じゃ、上手く走らない」
瑠璃子が、陽子の操るラットを指差しながら
陽子に言った。
「いや、瑠璃子だって、陽子と同じ時期にヨ
ットを始めているのだし、陽子のように、も
っとちゃんと操船できるようにならなきゃダ
メだろうが」
隆は、瑠璃子に言った。
「ここまでは、東京湾内で航路が比較的狭か
ったけど、ここから先は海域が広くなって走
りやすくなるから」
隆は、観音崎から先の航路を説明した。
航海計器に表示されている海図を眺めながら
隆は陽子にコースを説明した。
「陽子ちゃん、すごいね。隆さんから変わっ
ても、ちゃんと船がまっすぐに走っている」
雪が、陽子に言った。
「確かにまっすぐ走っている!」
2人は、アフトキャビンのベッドに仲良く並
んで眠りについた。
「陽子、ヘルムを変わってくれるかな」
ずっと横浜マリーナから観音崎の先までラッ
トを握り続けてきた隆が、陽子に頼んだ。
「いいよ。ずっと握っていたものね。疲れて
きちゃうよね」
陽子は、隆と変わってラットを握ると、ヨッ
トの操船を引き継いでいた。
「とりあえず観音崎灯台を目指すね」
「私さ、隆に、初めてこのヨットへ連れて来
られた時から、ここのベッドで寝てみたかっ
たんだ」
麻美子は、香代の横に寝転がりながら、香代
話しかけた。
「そうなの?」
「うん。なんか気持ち良さそうだったし」
「なんかわかる」
香代は、麻美子に頷いた。
「一番ここがベッドっぽいものね」
麻美子は、船体後部のアフとキャビンの扉を
開きながら、香代に言った。
「香代ちゃんも一緒に後ろの部屋で寝る?」
香代が麻美子と一緒に寝るつもりでいたみた
いだったので、麻美子は香代に聞いた。
「私も、後ろで寝ようかな」
香代は、麻美子に大きく頷くと、麻美子と一
緒に、後部のアフトキャビンのベッドに移動
して、横になった。
「おやすみ」
「香代ちゃん、お先に眠らせてもらおう」
そういうと、麻美子は、香代の手を握って、
一緒にキャビンの中へと入った。
「ここで寝るの?」
香代は、キャビンの中に入ると、パイロット
ハウスのメインサロンがベッドに変わってい
るところに乗っかって、そこに置かれている
毛布と枕を手にとった。
「私は、後ろの部屋のベッドで寝ようかな」
麻美子は、香代に言った。
「後にウォッチするグループは、先にキャビ
ンに入って寝てきなよ」
隆が、皆に提案した。
「どっちが先に寝ますか?私は、まだあんま
り眠くないけど」
陽子は、麻美子に質問した。
「それじゃ、皆はまだまだ若いし、私は、も
うおばさんで眠いから、先に休ませてもらお
うかな」
麻美子は、陽子に返事した。
「東京湾は航路が狭いし、夜は真っ暗で危険
だから、俺はずっと起きていると」
隆は、陽子に返事した。
「だってさ、他の皆さん、どう別れます?」
「そうね。それじゃ、私は、香代ちゃんと2
人でもいいわよ」
麻美子が、陽子に答えた。
「それじゃ、残りの私と瑠璃ちゃん、雪さん
の3人でグループってことで」
陽子は、他の2人に言った。
機帆走で走る時には、ジブセイルの存在が邪
魔になってしまうのだった。
「ウォッチは、どういうグループで別れる予
定なんだ」
隆は、陽子に聞いた。
「どういう風に別れたらいいかな?」
逆に、陽子から隆に質問が返ってきた。
「どういう風に別れてもいいよ。俺は、ずっ
と一晩中起きているから、その他の皆で、そ
れぞれ2グループに別れなよ」
夏の海は、穏やかで風もほぼ吹いていない。
セイルに風を受けて、セイリングで風の力だ
けで走ろうと思うと、風が弱くスピードが出
ず、予定している時間内に大島までたどり着
けなくなってしまう。
そのため、風とエンジンの力のハイブリッド
機帆走で大島へ向かう予定だった。
機帆走で走るときは、一番先頭に付いている
ジブセイルを上げてセイリングすると、ジブ
セイルがバタバタと風にあおられてしまう。