最初のうちは、受講者たちが交渉するための
海外バイヤーも、ゆみが作った会社の英語サ
イト、海外バイヤー向けホームページから分
けてあげなければならない。
「海外バイヤーを分けてもらえるのですね」
そのうち、ゆみが受講者から依頼されたホー
ムページを作り終わって、そのホームページ
から海外バイヤーのオファーが来始めると、
受講者は自分のホームページから来た海外バ
イヤーと直接やり取りして、海外から車の注
文を取れるようになっていくのだった。
最初のうちは、受講者たちが交渉するための
海外バイヤーも、ゆみが作った会社の英語サ
イト、海外バイヤー向けホームページから分
けてあげなければならない。
「海外バイヤーを分けてもらえるのですね」
そのうち、ゆみが受講者から依頼されたホー
ムページを作り終わって、そのホームページ
から海外バイヤーのオファーが来始めると、
受講者は自分のホームページから来た海外バ
イヤーと直接やり取りして、海外から車の注
文を取れるようになっていくのだった。
受講者たちは、まずうちの会社のオンライン
通信教育講座を申し込む。
その後、インターネット中古車オークション
会場の入会手続きをしておいて、その間に最
寄りの警察署へ走り、古物商許可証を取得し
てくる。
それから、自身でホームページを作ったり、
ゆみにホームページの制作を依頼したりする
のだった。
そして、ゆみがホームページを作っている間
に、海外バイヤーとの交渉を始めるのだ。
「ゆみちゃん、仕事だよ」
育成部門の担当者が、新しいホームページ依
頼の仕様書を持って、ゆみのデスクにやって
来た。
「赤い色ベースでのホームページね」
「だってさ、なんかシャアのような真っ赤な
ホームページで。スポーツカーを大きくイメ
ージさせたものして欲しいんだってさ」
「了解です」
ゆみが直接、受講者の方とやり取りするので
は無く、育成部門の担当者が窓口だった。
「ゆみちゃんのお昼ってそれだけ?」
お昼休憩で、ゆみがお母さんの作ってくれた
お弁当を食べていると、百合子が覗きこみな
がら、ゆみに聞いた。
「あんまり食べると、逆にお腹がおかしくな
ちゃうからね」
祥恵が、百合子に答えた。
「ゆみちゃんって、本当に体があまり強くな
いのね」
明星学園には、食堂も給食もないため、お昼
ごはんは各自でお弁当持参だった。
ゆみは、女子更衣室から出ると、体育館の中
で体育の授業が始まるのを待っていた。
「今日の体育は何をやるのだろう」
「バスケだといいね」
しばらくすると、祥恵たちが体操着に着替え
終わって女子更衣室から出てきた。祥恵とル
リ子の2人は、女子バスケ部員だった。
百合子は、部活は何もしていなかった。
「今日は、ポートボールだってさ」
3人とも運動は、生まれつき1番の得意で、
体育の授業は誰よりも1番動き回っていた。
「え、祥恵ってそうだったんだ」
「いや、だから違うって」
祥恵は、ルリ子だけじゃなく百合子にまでも
言われて、慌てて否定した。
「本当、違うんだから」
祥恵は言った。
「っていうか、ゆみは別に着替えないんだか
ら、早く更衣室から外に出て、表で待ってい
なさいよ」
ゆみは、姉に女子更衣室から表へ追い出され
てしまっていた。
「祥恵ぐらいの膨らみだったら、ゆみちゃん
もすぐに追い抜けるって」
ルリ子が、祥恵の小さな膨らみを笑った。
「正英がいつも描いている祥恵の横顔イラス
ト、いたずら描きも胸はぺったんこだよね」
「正英くん」
ゆみが呟いた。
「正英くんって、お姉ちゃんの好きな?」
「え、祥恵そうなの!?」
ルリ子が、祥恵に聞いた。
「そんなわけないじゃん!」
「ブラジャーぐらいするでしょうが、女だも
祥恵は、ゆみに言い返した。
「でも、祥恵はあまりブラジャー必要ないぐ
らい胸ペタンだけどね」
7年生でも、もうかなり胸が大きく膨らんで
きているルリ子が、Tシャツを脱いで着替え
ながら言った。
「お姉ちゃんも、おっぱい膨らんできている
んだね」
「ゆみちゃんも、そのうち大きくなるよ」
百合子が、ゆみに言った。
「その子はね、体が弱いから、いつも体育の
授業は見学なのよ」
祥恵が、ゆみに代わって百合子に説明した。
「体が弱くて見学か」
「百合子には考えられないよね」
「本当に」
生まれてから病気だって、風邪ぐらいしかひ
いたことのない百合子には、体育を見学なん
て考えられなかった。
「お姉ちゃんってブラジャーしてるの!」
ゆみは、Tシャツを脱いだ祥恵に驚いた。
それから、ゆみは百合子に手を繋がれながら
体育館へと向かった。
「そっち側だよ」
百合子は、体育館の入り口から入ると、左側
奥の扉にある女子更衣室へと入った。
「ちなみに、右側奥は男子更衣室ね」
百合子が、ゆみに説明した。
「私、更衣室の中入るの初めて」
「そうなの?」
「だって、体育は、いつも見学だから」
「見学なの?」
「ゆみは、1人でも行けるから大丈夫よ」
祥恵が、百合子に言った。
「1人でも行けるかもしれないけど、私と一
緒に行っても良いでしょう」
百合子は、ゆみの手を握りながら、祥恵に返
事した。
「祥恵はさ、なんでこんな可愛い妹がいるの
に、私達に紹介しないのよ」
ルリ子が、祥恵に聞いた。
「祥恵がちっとも紹介しないから、私達の方
からゆみちゃんに声かけちゃった」
「ゆみ、体育館は1人で行けるよね」
祥恵は、ゆみに言った。
「私、先に行くから」
祥恵は、ゆみを置いて行こうとした。
「ゆみちゃんも一緒に行こう」
狩野百合子が、ゆみに言った。どうして、こ
の人は私の名前を知っているのだろうと、ゆ
みは思った。
「ゆみちゃんでしょう?祥恵の妹の」
「はい」
「一緒に行こう」
「ゆみ、体育館に移動だよ」
現国の授業が終わると、次は体育だった。
「体育館ってどこなの?」
「あんたが、お母さんと入学式に出た場所」
「あそこか」
ゆみは、入学式の時のことを思い出した。
「祥恵、体育に行こう」
教室の後ろの席から永田ルリ子と狩野百合子
が祥恵のことを誘いに来た。
「うん、行こう!」
祥恵は、席を立ち上がった。
「ニューヨーク帰りのあんたは、そりゃ英語
は得意だものね」
授業が終わった後で、祥恵はゆみに言った。
「ね、お姉ちゃん」
「なに」
「さっきの正英くんって、お姉ちゃんの好き
な人なんだよね」
「何言ってるの、ばかじゃないの」
祥恵は、ゆみに言った。
2時限目は、逆にゆみの不得意な日本語、現
国の授業だった。現国の担当は佐伯先生だ。
「ハロー、アムユミ。アムジョイニングジャ
パン、ライクイット」
ゆみは、塚本先生に指されて、英語の構文を
流暢に読み上げた。
「とても良い発音ですね」
日本の学校では、あいうえお順の初めの方に
属する今井の姓は、最初の授業ではいつも始
めに指されてしまうのだった。
「ベリーグッド、きれいな英語ですね」
塚本先生は、ゆみに言った。
「サンキュー」
佐伯先生は、1組の朝のホームルームを終え
ると、職員室へ戻っていった。
「英語を始めます!」
副担任の塚本先生は、そのまま教室に残って
1時限目の英語の授業となった。
「英語の授業は、中等部で初めて習う授業に
なりますよね」
塚本先生は、皆に言った。
「最初は取っつきづらいかもしれないけど、
少しずつ英語に慣れていってもらえたら嬉
しいです」
昨日、中等部の入学式を終えたばかりだが
小等部からの進級組の祥恵には、小等部から
の同級生、友達がたくさんいた。
逆に、2年から飛び級して来たばかりのゆみ
には、まだこのクラスに友達はいなかった。
「さあ、授業を始めます」
担任の佐伯先生が教室にやって来た。教室の
後ろでお喋りしていた祥恵も、他の生徒たち
も自分の席に戻っていた。
「今日から7年生の授業が始まります」
佐伯先生は、皆に伝えた。
「お姉ちゃん、待ってー」
ゆみは、階段を降りて来ると、玄関で靴を履
いていた。
「はい、行くよ」
祥恵が差し出した手を握ると、一緒に学校へ
出かけた。学校に着くと、ゆみは1組の自分
の席に1人腰掛けていた。
「正英、シャツが出ているよ」
「え、どこどこ?」
祥恵は、教室の後ろの方で、たくさんの友達
たちとお喋りをしていた。
「あなたが、そんなクラスのリーダー格だっ
たなんて知らなかったわ」
お母さんは祥恵を誇らしそうに抱きしめた。
「明日は、お母さんは学校行かないから、あ
んたがゆみちゃんを連れて行ってあげてね」
お母さんは、祥恵に伝えた。
「わかっているって」
祥恵は、お母さんに答えた。
「ゆみ、学校行くよ!」
祥恵は、玄関先から部屋の中のゆみに声をか
けると、学校へ出かけた。
「もしゃもしゃ頭の佐伯先生、副担任で英語
の塚本先生」
お母さんは、祥恵に言った。
「何それって、ゆみから聞いたの?」
祥恵は、お母さんへ逆に質問した。
「ゆみちゃんは、あなたと違って学校であっ
たことを全部ちゃんと報告してくれますから
ね」
「そうか、これからは、ゆみを通して全部お
母さんにバレるのか」
祥恵は、お母さんに答えた。
ゆみは、ニューヨークで未熟児で生まれ、帰
国の飛行機に乗れず、7歳までニューヨーク
で過ごしたのだった。
7歳で飛行機に乗れるまでに体力が回復し日
本へ帰国したのだったが、それでもまだ身体
がそんなに強くないので、夜は9時には寝て
朝は7時過ぎに起きる仕事をしていた。
「あなた、ゆみと同じクラスになったの」
お母さんは、祥恵に聞いた。
「そうよ、おかげで学校でも、これからずっ
とゆみと一緒だよ」
「学校ではお母さん一緒でないから1人でも
食べられるわよね」
お母さんは、優しくゆみの頭を撫でた。
夕食後
「あーあ、いい湯だった。ゆみは?」
祥恵は、お風呂から上がって、自分の短い髪
をタオルドライしながらお母さんに聞いた。
「もう9時過ぎてるわよ」
「そうか、もう寝たのか」
祥恵は、時計を確認した。
「ゆみは、9時が就寝だものね」
祥恵は、目の前で中学生になってもお母さん
に未だに食べさせてもらってるゆみの姿をみ
て言った。
「ゆみちゃんも、お姉さんの遺伝子持ってそ
うだものね」
ジョーのお母さんが笑顔で答えた。
「そういう意味じゃなくて、中学生になって
も、お母さんにごはん食べさせてもらってる
なんて、甘えん坊としてすぐに中等部中の有
名人よ」
祥恵は、目の前のゆみの姿に呆れていた。
祥恵は、普段からお母さんに家ではあまり学
校であったことを話さないので、ファミレス
でお昼ごはんしながら、ジョーのお母さんか
ら聞いて驚いていたのだった。
「小等部では祥恵さんは有名人、ヒーローだ
ったわよね」
「それほどでも」
祥恵は、ジョーのお母さんに言われて、少し
照れていた。
「まあ、ゆみの方が明日からでもすぐ有名人
になるだろうけどね」
「そうかな」
「1組の皆や後輩からも慕われているお姉さ
んですものね」
「へえ、祥恵がね」
お母さんは、ジョーのお母さんから話を聞い
て驚いていた。祥恵は、ゆみと違って、学校
であった事を全然話さないから全く知らなか
ったのだった。
「あなたも、ゆみのように今度から学校であ
った事をいろいろ話してよね」
「嫌よ、面倒くさい」
「1組の学級委員だった祥ちゃんに、飛び級
で進級してしまう勉強できる妹さんって、姉
妹お2人ともすごいわね」
「私、学級委員はしたことないんだけど」
祥恵は、ジョーのお母さんに苦笑していた。
「あなたって、クラスのリーダーなの?」
お母さんは、祥恵に聞いた。
「リーダーではないけど」
「1組のクラス中の皆から、かなり頼りにさ
れてるものね」
ジョーのお母さんは、祥恵に言った。
祥恵は、ジョーとも同じ小等部の同級生だか
ら、ジョーのお母さんとも顔見知りだった。
「もしかして、ゆみちゃんって祥ちゃんの妹
さんだったのね」
「はい、そうです」
祥恵は、ジョーのお母さんに答えた。
「あら、そうなの。祥ちゃんってこんな可愛
妹さんがいたのね」
「可愛いかな?まあ、ゆみは可愛いだけは、
可愛いかもしれないな」
祥恵は、ゆみの方をチラ見した。
「百合子ちゃんとは、明日も会えるでしょう
お母さんは、祥恵も一緒に車で帰って欲しそ
うだった。
「わかったよ」
祥恵は、後ろのドアを開けると、ゆみにもっ
と奥へ移動しろと命令してから乗り込んだ。
「ジョー君のお母さん」
お母さんは、助手席のおばさんを祥恵に紹介
した。
「知ってるよ。おばさん、こんにちは」
「こんにちは」
ゆみの勤めている横浜の貿易会社では、育成
部門のオンライン通信教育講座とホームペー
ジ制作プランは別々になっている。
「私、ホームページは自分で作れます」
そういった受講者のために、実際の中古車輸
出実務を教えるオンライン通信教育講座とは
離して、ホームページ制作プランは別オプシ
ョンにしてあるのだった。
「では、ホームページ制作もお申込みで」
そして、申込みがあると、育成担当者からゆ
みのところに制作の依頼が入るのだった。
「それでは、後はホームページですね」
育成部門担当者は、受講者と話している。
「ああ、そうですね。最初に申し込んだイン
ターネット中古車オークション会場も正式な
会員証が届きましたし」
受講者は、育成担当者に答えた。
「古物商許可証も手に入りましたし」
「後は海外バイヤー向けホームページ」
「そうなんです。そのことなのですが、やは
り自分で作れそうもないので、そちらにご依
頼したいと思うのですが」
「はい、どうされましたか?」
「この前、質問した警察がうちに見に来た件
なのですが、無事取得できました」
「そうなんですか、それは良かったです」
受講者は、古物商が取れて嬉しそうだ。
「最初、警察がうちに来るって聞いて、なん
かドキドキしたのですが」
その時の模様を話す受講者。
「こちらに、順番に車を停めて、船に載せて
海外へ輸出されるご予定なんですねと聞かれ
後はそのまま帰って行かれました」
「あなたも、これから帰るの?」
「まあ、そうだけど」
「じゃ、乗りなさいよ」
「なんでよ、百合子たちと帰って、途中でお
昼して行く予定なんだけど」
祥恵は、お母さんに文句を言った。
「祥恵、お母さんと帰りなよ」
祥恵と一緒にいた背の高い女の子2人が、祥
恵に言った。
「うちらとのお昼は、またいつでも食べられ
るじゃないの」
「あら、そうなの」
「なので、軍資金を」
ジョーのお母さんは苦笑しつつ、ジョーにお
金を渡していた。
「祥恵ー!」
お母さんは、こっちにやって来る祥恵の姿を
見つけて、大声で叫んだ。
「どうしたの?」
祥恵は、初めは無視しようと思ったが、あま
りに大声なので渋々、母親の側に来た。
「これから帰るの?」
「ゆみ、後ろに乗りなさい」
お母さんに言われて、ゆみは後ろの扉を開く
と、後ろの席に座った。
「お母さんは、ゆみちゃんのお母さんと一緒
に帰って、途中でお昼ごはんするけど」
ジョーのお母さんは、ジョーに伝えた。
「そうなんだ」
「あんたも一緒に乗って、ゆみちゃんとお昼
にしたら?」
「それも良いんだけどさ、先に小汀たちと吉
祥寺でお昼する約束しているんだけど」
ゆみは、ジョーと一緒に教室を出て駐車場の
お母さんのところに向かった。
「お母さん!」
ゆみは、車にいるお母さんの姿が見えると、
車までいきなり走り出した。
「終わったの?」
「うん!」
ゆみは、お母さんに頷いた。
「ジョー君、ゆみのことをありがとうね」
「いえいえ」
車の助手席には、ジョーのお母さんもいた。
「ゆみちゃん、お母さんが待っているよ」
ホームルームが終わると、ジョーがゆみの席
にやって来た。
「お母さん?」
祥恵は、ゆみに聞いた。
「お母さんが車でゆみちゃんのこと待ってて
くれてるんだよな」
ジョーが、ゆみに代わって祥恵に説明した。
「あんたね、帰りもお母さんに送ってもらう
つもりなの」
祥恵は、甘えん坊のゆみに呆れていた。
「私は佐伯といいます」
教壇に立った先生は、1組の生徒たちに自己
紹介した。
「私が、君たち1組の担任になります。こち
らが副担任の、英語の塚本先生です」
佐伯先生は、自分の横に立っている女の先生
のことも紹介した。
「今日はここまで。明日からは普通に授業が
始まるからな」
佐伯先生は、生徒たちにそう伝えると、副担
任と教室を後にした。
「学校で、お姉ちゃんってあんなに大きな声
でお話するんだ」
ゆみは、教室の後方で、姉が友達と大きな声
で話しているのに驚いていた。
「皆、私より大きな子ばかりだな」
クラスの子たちを眺めていた。
教室の前の入り口からジョーよりもチリチリ
の天然パーマでモシャモシャ頭の先生が入っ
てきた。バイクに乗ってきたのだろうか大き
な体格にライダースーツを着ていた。
「それでは授業を始めますよ」
学校の席は大概、あいうえお順なので、今井
のイで1番前の席になることが多かった。
「あんたはこっち」
「お姉ちゃんの後ろ?」
「祥恵のサに、ゆみのユだからでしょう」
「そうか」
ゆみは、祥恵のすぐ後ろの席に腰掛けた。
まだ友達がクラスに誰もいないゆみは、席に
座って周りを見渡していた。祥恵の方は、小
等部から普通に進級しているため、教室後方
の友達のところへ行ってしまった。
「ゆみちゃんも、俺らと同じ1組なの?」
ジョーが祥恵に聞いた。
「そうなのよ」
祥恵は、ジョーに答えた。
「お兄さんと同じクラスで良かった」
「そうだね、仲良くしような」
ジョーは、ゆみと話していた。
「あんたの席はこっち」
祥恵は1組の教室に入ると、ゆみの手を引っ
張って窓側の1番前の方の席に向かった。
「ここが私の席」
「ちょっと待ってよ。私と逆で素直で可愛い
ってそれ、どういう意味よ」
「あ、そういう意味じゃなくてさ。祥恵の雰
囲気、学校でのリーダーシップ感とぜんぜん
違う感じがする」
「そうね」
祥恵は、ゆみの方を見た。
「ほら、教室に行くよ」
祥恵は、ゆみに言った。
「お母さんにクラス聞き忘れちゃったの」
「あんたは、私と同じ1組よ」
「そう、甘えん坊でぜんぜん自慢の妹じゃな
いけどね」
「そんなことないよ」
ジョーは、祥恵に答えた。
「素直で可愛い妹じゃん」
「そうかな」
「うん、なんか祥恵にぜんぜん似てない、性
格めちゃ逆じゃない」
「そうかな」
妹のことを素直で可愛いと言われて、祥恵は
ちょっと嬉しそうにしていた。
「ゆみちゃんって祥恵の妹なの?」
「え、ジョーが連れてきてくれたの?」
祥恵は、ジョーにお礼を言った。
「祥恵に妹がいたなんて知らなかったよ」
「そうなの、実は妹がいたのよ」
祥恵は、ジョーに答えた。
「飛び級で妹と同級生になってしまったって
聞いたけど、祥恵の妹だったんだ」
「そうなのよ、お恥ずかしい」
「恥ずかしくないよ、自慢の妹じゃん」
ジョーは、祥恵に言った。
「お姉ちゃん!」
ゆみは、廊下の向こうからやって来る祥恵の
姿に気づいた。
「あんた、一体どこにいたのよ?」
祥恵は、ゆみのことを怒っていた。
「式の間、会場のどこにもいないから心配し
たじゃないの」
「お母さんと一緒にいた」
「お母さんと一緒って、今日から中学生でし
ょうが、全く何をやっているのよ」
祥恵は、ゆみの頭を小突いた。
「階段が多いね」
ジョーは、背の低いゆみが小さい足で校舎の
階段を上がっているのを見た。
「1番手前の教室が4組、1番奥が1組」
「そうなんだ、全部で4組までなの」
ゆみは、ジョーの説明を聞いていた。
「4組の誰かに聞いてみようか」
「うん」
ジョーが4組の教室を覗き込んでいると、
「ゆみ!」
ゆみは、廊下の向こうから大声で呼ばれた。
ジョーに言われて、ゆみは再びジョーのとこ
ろに戻ると、一緒に手を繋いだ。
「今日は、まだ教室の場所わからないんだか
ら、一緒に行こう」
「うん!」
「とりあえず教室に行ってみよう」
ジョーは、ゆみに言った。
「どうして親切にしてくれるの?」
「だって、俺たち同級生の友達だろう」
「うん!」
ゆみは、笑顔でジョーに答えた。
「小さいけど、中学生になったんだから自分
でもわかっていなきゃだめだよ」
ジョーは、ゆみに言った。
「俺とゆみちゃんは同級生になるんだろう」
ゆみは、ジョーに言われて慌ててジョーの手
を離すと、1人で先頭を歩き出した。
「え、どっち?」
ゆみは、教室の方向に迷って、ジョーの方を
振り返った。
「今日はいいよ、一緒に行こう」
「ありがとう」
「お母さんは、帰ってしまうの?」
「お母さん、車の中で待っているから」
「ぜったい待っていてね」
ゆみは、お母さんの手を離すと、優しそうな
お兄さんの手を掴んだ。
「よし、行こう!」
ジョーは、ゆみと歩き出した。
「ゆみちゃんも1組なの?」
ジョーは、歩きながらゆみに質問した。
「わからない、お母さんに聞いてないもん」
ゆみは、ジョーに答えた。
「へえー、それはすごいな」
ジョーは、お母さんの後ろに隠れて小さくな
っているゆみの姿を覗きこんだ。
「どうせ、あんたも教室に行くんでしょう」
「いいよ」
ジョーは、自分の母親に答えた。
「ホームルーム始まってしまう前に、一緒に
行こうか」
ジョーは、ゆみに話しかけた。
「ほら、お兄さんと一緒に行ってきなさい」
お母さんも、ゆみに言った。
「おジョーさん」
お母さんとおばさんは、おばさんの息子、ジ
ョーの名前で笑いあっていた。
「あんたさ、ゆみちゃんのことを一緒に教室
へ連れていってあげてよ」
おばさんは、息子のジョーに言った。
「ゆみちゃんって、2年からあんたと同じ7
年に飛び級進級してすごいのよ」
「飛び級?」
「勉強ができるから、本来の学年を飛びこえ
て中学生へ進級しちゃったのよ」
「あんた、何組だったっけ」
「え、1組」
少年は、母親に返事した。
「あら、お嬢さんかと思ったわ」
お母さんは、髪がフワッとした少年の顔を覗
き込んで驚いていた。
「おジョーさんで正しいわよね」
おばさんは、自分の息子の頭を撫でながら、
お母さんに答えた。
「名前がジョーだものね、斎藤ジョー」
「それじゃ、おジョーさんでも正しいのね」
「だめよ、それじゃ授業をサボってしまうこ
とになってしまうでしょうが」
お母さんは、ゆみに注意した。
「ジョー」
隣の席だったおばさんが、職員室の中へ入っ
ていく生徒に声をかけた。
「あ、お母さん」
職員室のコピー機でコピーを取ろうとしてい
た生徒が、後ろから呼びかけられて振り向い
た。髪がもしゃもしゃ、フワッと天然パーマ
の髪型の少年だった。
「さあ、帰りましょうか」
新入生の後は、父兄席の両親たちが席を立つ
番だった。ゆみは生徒のはずなのに、父兄席
のお母さんと一緒に席を立った。
お母さんは、隣の仲良くなったおばさんと席
を立ち体育館を後にていた。
「あなたは、教室に行かないと」
お母さんは、ゆみに言った。
「お母さんは?」
「お母さんは、もう帰るわよ」
「それじゃ、私も一緒に帰る」
「しょうがない子ね」
お母さんは、ゆみの頭を撫でた。
「ほら、式が終わってしまったわよ」
お母さんは、ゆみに言った。結局、ゆみは式
の間ずっと新入生の席ではなく、お母さんの
横で式の進行をずっと聞いていたのだった。
「まずは、新入生から退席してください」
体育館に流れている放送で、前の席に座って
いた新入生たちが体育館を後にした。
この後、新入生たちは、教室でクラスミーテ
ィングがありますとアナウンスしていた。
「それじゃ、ゆみちゃんは中学1年生ってこ
とは、お姉ちゃんと同学年になるの?」
おばさんは、お母さんからゆみが飛び級で進
級したという話を聞いて、驚いていた。
「だから、本当は、あなたの席は新入生、前
の方の席なのよ」
お母さんは、再度ゆみに告げた。
「それは、ちょっと怖いわよね。他の皆は背
の高いお兄さんお姉さんばかりだものね」
おばさんは、新入生たちより背の低いゆみの
ことを優しくフォローしてくれた。
「なるほど!」
電話を切ると受講者は、再度警察署へ出向い
て、申請途中の手続きを終えてくる。
「はい、どうしました?」
「あのう、警察がうちに見に来ると」
「見せてあげてください」
「車を展示できるスペースじゃなく、家の前
の小さなスペースなのですが」
「何の問題もありません。向こうも展示場始
める場所を確認しに来るのではありません」
「そうなんですね」
「あのう、警察署で申請はできたんですが」
「はい、どうかしましたか?」
「なんか車を置いておくスペースはあるかと
聞かれてしまったのですが」
「はい」
「無在庫で始めたいと思っているので、駐車
場は準備するつもりなかったのですが」
「それは車を所有する際の車庫証明のような
ものです。自分の車が置いてある駐車スペー
ス、車1台分が置けるスペースを写真に撮る
などして提出してあげれば良いのです」
インターネットで誰もが当たり前のように通
販している時代だからか、中古車インターネ
ットオークション会場の入会方法で質問して
くる受講者は少なかった。
その代わりに、古物商許可証の取得方法で質
問してくる方は多い。まずどこで取得したら
良いのかがわからないのだ。
「最寄りの警察署で取得できますよ」
「ああ、わかりました」
そして、受講者は電話を切ると自宅近くの警
察署まで出かけていく。
「そうよね」
お母さんは、隣のおばさんとすっかり仲良く
なって、入学式の間じゅう、ゆみのことや祥
恵のことを隣のおばさんとお喋りしていた。
「それじゃ、お姉さんも、ゆみちゃんもずっ
と明星学園なんですね」
「こっちは、まだ1年間だけですけど」
お母さんは、ゆみのことを指差した。
「うちの子も、小等部からなんです」
「そうなんですか、それなら、うちの祥恵と
友達かもしれませんね」
「あらあら、しょうがない子ね」
お母さんは、ゆみの頭を優しく撫でていた。
「お姉さんが入学式なの?」
お母さんの隣に座っていたおばさんに、ゆみ
は質問されて答えられずにいた。
「お姉ちゃんもだけど、あなたも今日が入学
式なのよね」
お母さんの横でモジモジしていたゆみの代わ
りに、お母さんがおばさんに答えていた。
「あら、中学生なの?」
おばさんは、ゆみの小さい体を見ていた。
最前列のステージで校長先生たちが話してい
て、その前方に生徒たち、その後ろ側が父兄
席になっていた。
「あなた達の席は、前の席よ」
お母さんは、父兄席の後ろの方に空いている
席を見つけて、そこへ腰掛けると、横にいる
ゆみに言った。
ゆみは、生徒席には行かずに、お母さんの横
の空いている席に腰掛けた。
「あなたは、前の席だって」
そう言われても、ゆみは席を動かなかった。
「ほら、着いたわよ」
やっぱり、いつもお姉ちゃんと電車で通って
いる時と違い、車だと歩かずに学校までいけ
るため、通学が早くて楽だった。
お母さんの朝は忙しいので、出発が遅くなっ
てしまって、中等部の入学式はもう既に始ま
ってしまっていた。
「もう体育館でやっているみたいよ」
「遅刻だね」
お母さんは、車を停めると、ゆみの手を引い
て体育館の中へ入る。
「仕方ないわね、ゆみはお母さんが一緒に連
れて行くか」
どこか嬉しそうに、お母さんは呟いていた。
「あれ、お姉ちゃんは?」
「ゆみは、お母さんと一緒に行きましょう」
「お母さんと学校に行くの?」
ゆみは嬉しそうに、お母さんの小さな赤いベ
ンツの助手席に腰掛けていた。
「ゆみは、本当に入学式はスカートはいてい
もいいのね?」
ゆみは、お母さんに頷いた。
「あんた、もう出かけるの?ゆみがまだ部屋
にいるじゃないの」
「お母さんが連れてきてよ」
祥恵は、もう中学生なんだし母親が入学式に
いちいちついて来なくてもよいと言ったのだ
が、母親は、ゆみの晴れ姿を見に行くのだと
言い張っていたのだった。
「行ってきまーす!」
祥恵は一人で出かけてしまった。
「行ってらしゃい」
母親は、姉の出かける姿を見送っていた。
武蔵野に在る明星学園は、小学校、中学校そ
して高等学校がぜんぶ揃った小中高一貫教育
の学園である。
中等部、高等部でいちいち1年生へ戻らずに
7年、8年と続いていき10年、11年、1
2年と進級、そして卒業となっていく。
「今日から7年生だね」
祥恵は、リボンの付いた白いブラウスに制服
風のチェックのプリーツスカートを着て、学
校へ出かけるため玄関先で靴を履いていた。
「行ってきまーす」
「彼女は、小学校で習う勉強はほぼぜんぶ理
解してしまっています」
進級会議の時、ゆみの担任の先生は他の教師
たちに説明していた。担任ではないが、ゆみ
に別の教科を教えたことのある先生も、確か
に彼女の勉強の進捗は早く、もう小学校で習
う必要はないのかもしれないと同調した。
「それでは、中等部への進級にしますか」
そして、ゆみは1年から2年ではなく中等部
1年、明星学園では7年生と呼んでいる学年
への進級が決まった。
「もうずっと大人になってもスカートはかな
いつもりなの?」
お母さんは、祥恵のはいているグリーンのデ
ニムスカートを指差しながら言った。
「はかない」
ゆみは、首を大きく横に振った。
「シャロルも、大人になってもスカートはか
ないって言っていたよ」
シャロルは、ニューヨークのゆみの友達だ。
「彼女はずっとアメリカ暮らしだからね」
母親は、ゆみの頑固さに首を振っていた。
「ゆみ、中学生の記念にお母さんと写真撮り
にいかない?」
「写真は良いけど、それは着ないよ」
ゆみは、お母さんが手に持っている赤いチェ
ックのプリーツスカートを指差した。
ニューヨークにいた頃に、お母さんがデパー
トで勝手に買ってきた唯一のゆみが持ってい
るスカートだった。
「中学生でも、スカートはかないの?」
母親は、ゆみに聞いた。
「お姉ちゃんだってスカートはいているよ」
「ゆみだって、飛び級で中学生になるのだか
ら、ゆみに着せれば良いんじゃないの」
祥恵は、母親に言った。
「あの子は、昔からスカートは、絶対にはか
ない子だから無理よ」
お母さんは、残念そうに呟いた。
アメリカで育ったせいか、ゆみは小さい頃か
ら母親がどんなに言っても、絶対にスカート
をはくことはなかった。
「あの子、本当にスカート嫌いなのよね」
母親は、残念そうに呟いた。
明星学園は、日本に在りながらアメリカ的な
自由教育が学校のポリシーなので、飛び級制
度もどんどん取り入れていた。
といっても、実際に飛び級になる生徒は、学
園創立以来、ゆみが初めてではあった。
「祥恵、このスカート可愛くない」
お母さんは、学生服の広告チラシを見ながら
祥恵に声をかけた。
「うちの学校には、制服は無いんだけど」
「制服が無くても良いじゃない、中学生なん
だから入学式ぐらい制服っぽいの着ても」
「ゆみさんは勉強ができるので次の4月の進
級は飛び級になります」
1年が過ぎて、2年生へ進級するとき、母親
は担任の先生からそう伝えられた。
「飛び級?なんだよ、それは?」
実家がニューヨークの母親にとっては、アメ
リカでは飛び級など珍しくもなかったが、祖
父の代からずっと東京の東松原で歯科医院の
父親にとっては、飛び級なんて制度は全く聞
いたこともない制度だった。
「ほお、ゆみはそんなに頭が良いのか」
「今のクラスで大丈夫なの?」
母親は、ゆみに確認した。
「お姉ちゃんと同じ学校がいい」
「いじめられたりしない?」
「それでも、お姉ちゃんと通学したい」
ゆみは、大好きな姉と違う学校には行きたく
ないと母親にお願いした。
「あなたがそう言うのならば」
そして、ゆみは1年間ずっと毎日姉と一緒に
学校へ通って、授業が終わると姉の帰り時間
まで待って、一緒に学校から帰ってきた。
母親は、ゆみのことを気遣い、別のインター
ナショナルスクールにでも転校させようかと
考えていた。
「転向させるのか?」
父親に相談したら、父は近所の公立小学校に
わせる方が良いんじゃないかと言った。
「ゆみ、皆と勉強するの辛いでしょう?」
母親は、ゆみに聞いた。
「学校を変わるの」
「その方が良くない?」
「いや!お姉ちゃんと同じ学校がいい!」
2週間後
こいつ、日本人のくせに、日本語がわからな
いの。なんか日本語の発音も変だしな、クラ
スの子たちは、ゆみの話す日本語を笑うよう
になっていた。
「ゆみさん、大丈夫ですかね?」
クラスの子たちにイジメられているゆみのこ
とを心配した担任の先生は、母親に電話して
事情を説明した。
「あなたはどう思いますか?」
「そうだな、母親のおまえに任せるよ」
それより何よりも、ニューヨークでは、家に
いたおじいちゃんやおばあちゃんとも殆どず
っと英語で会話していて、日本語はたまにし
か話してこなかった。そのおかげで皆の会話
の内容がよくわからなかった。
「もっと、向こうでもちゃんと日本語で話し
ていればよかったな」
今更、後悔しても遅かった。
「ハロー、ユミ。日本語ワカリマスカ」
男の子が笑いながら、ゆみへ外国人風に話し
かけてみせて、クラスの皆が笑っていた。
「きっと、お母さんだったらお姉ちゃんと同
じ教室にしてくれただろうな」
ゆみは考えていた。
教室にいる他の子たちだって、ゆみと同じ今
日から1年生の初めて会った子たちばかりの
はずなのに、もうクラスの子同士仲良くなっ
て、いまテレビで流行っている番組の話など
いろいろとお喋りをしていた。
それまでずっとニューヨークで暮らしてきた
ゆみには、いま流行っている日本のテレビ番
組なんか何も知らなかった。
「私は6年だけど、ゆみはまだ1年生なの」
「私もお姉ちゃんと一緒のクラスでいいわ」
「一緒のクラスでいいわじゃないの、あんた
は1年、私は6年生なの」
祥恵は、再度妹に説明した。
「嫌だ!お姉ちゃんと一緒がいい!」
「わがまま言わないの!教室に早く入って自
分の席に着きなさい!」
ゆみは、姉に言われて教室の一番手前奥にあ
る今井と書かれた席に腰掛けた。
「ゆみ、1人でも頑張るのよ」
ゆみは、姉に手を引かれながら歩いていた。
ゆみたちの歩いていくのと同じ方向には、他
にもたくさんの生徒たちが歩いていたが、祥
恵が自分と仲の良いクラスメートたちと一緒
になることはなかった。
彼女たちは皆、井の頭公園駅でなく吉祥寺駅
方面から通っていたのだ。
「ここが学校よ」
祥恵は、妹の手を引き、学校の門をくぐると
1年生の教室へ連れて行った。
「お姉ちゃんと一緒のクラスがいいな」
「向こうに行ってみたい」
ゆみは、井の頭公園駅で降りると、手を引か
れている姉に言った。
井の頭公園駅の改札口を出ると、すぐ真横に
公園へ入るゲートがあった。ゲートをくぐる
と、大きな池があり、さらに奥には動物園も
あった。
「遊びに来たんじゃないんだから、学校に遅
刻するでしょうが」
祥恵は、妹の手を引き、公園には入らずに学
校方面への道へと歩いていく。
立教女学院の生徒たちは三鷹台の駅で降りた
のだが、それでも吉祥寺駅までの通勤客で車
内はまだ激混みだった。
「次、降りるからね」
祥恵は、鈍くさい妹に伝えた。
「降りるの?」
「まだ大丈夫だから、まだ座ってなさい」
姉は、井の頭公園駅に到着するギリギリまで
座らせておいて、到着と同時に妹の手を引い
て電車から降車した。
「この駅って公園があるの?」
「お嬢さん、ここにお座りなさい」
親切なお姉さんが、ゆみのために座席を譲っ
てくれた。
「ありがとうございます」
祥恵は、座席を譲ってくれたお姉さんにお礼
を言った。永福町の駅で急行電車の待ち合わ
せをしたため、車内はかなり空いたが、高井
戸、富士見ヶ丘から立教女学院の生徒たちが
たくさん乗ってきて、また車内は激混みにな
ってしまった。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ここから電車に乗るの?」
ゆみは、姉に手を引かれながら質問した。
「そうよ、東松原駅から学校の近くの井の頭
公園駅まで井の頭線で通うの」
祥恵は、妹に説明した。吉祥寺行きの各駅停
車がやって来て、祥恵は妹の手を引いて乗り
こむ。各駅停車だというのに車内は、ちょう
ど通勤時間で満員だった。
「つぶれちゃうよ」
「大丈夫だから、お姉ちゃんにちゃんと捕ま
ってなさい」
「ゆみ、フラフラ歩いてんじゃないのよ」
祥恵は、妹の手を掴むと一緒に歩きながら、
妹に注意した。一緒に歩いていて、姉として
心配になるぐらい鈍くさい妹だった。
「この子、大丈夫かな」
ゆみは、短い足で道路をフラフラ歩いている
し、自分よりも大きなバッグ抱えて揺れてる
し、何よりも何をするにも動作が鈍くさい。
「通学路を覚えるまでどころか、ずっと1人
でなんか通学できそうもないんだけど」
祥恵は、妹の手を引きながら考えていた。
いう方だった。
既に中古車屋さんをされている方ならば、当
たり前のように持っている古物商許可証と中
古車オークション会場の会員権だが、全く初
めて中古車輸出業を目指す方の場合、まずそ
れら2点を取得するところからのスタートと
なってしまう。
中古車オークション会場は、リモートで入札
落札ができるインターネット中古車オークシ
ョン会場への入会を推奨していて、入会手続
きもインターネット上からすぐ入会できる。
「まずは、中古車オークション会場への入会
手続きと古物商許可証の取得ですかね」
育成部門の担当者が、最近受講された受講者
の方と電話で話していた。
中古車輸出業者になるためには、まず何から
始めたら良いのかを聞かれているようだ。
育成部門でやっているオンライン通信教育講
座を受講される方で一番多いのは、国内で既
に中古車屋さんをやっていて、更なる業務拡
大で海外展開も考えているという方だが、次
は全くの初心者で中古車輸出業を始めたいと
ゆみの配属された輸出部門は、国際色豊かで
スリランカ人、アフリカ人、ベトナム人など
バラエティに富んだ男性や女性スタッフ達で
構成されていた。
一方、育成部門のスタッフ達は、日本人スタ
ッフ3名のみで、若い男性ばかりだった。
彼らの仕事は、これからの、未来の中古車輸
出業者を育てるためのオンライン通信教育講
座への受講者を募ること、そして集まってき
た受講者達を、立派な中古車輸出業者として
独り立ちさせることだった。
「お姉ちゃん、ちょっと待ってよ」
ゆみは、玄関先で急いで靴を履きながら、前
を行く姉に声をかけた。
「ゆみ、道がわからない間だけだからね」
祥恵は妹に返事をした。
今日は、ニューヨークから日本に帰国してき
て、初めて姉と同じ武蔵野の学校に通う日だ
った。姉は、最初の間のまだ通学路がよくわ
からない間だけ妹と一緒に通って、その後は
ゆみとは別々に学校へ通うものだとばかり思
っていたのだった。
今日は、初めてのヨット乗船日だった。
先週からクルージングヨット教室は始まって
いたが、先週はクラブハウスの2階で座学の
講習を受けただけだったので、実質今週が初
めてヨットに乗る日だった。
今日は、永田瑠璃子も皆と同じようにスカー
トではなくパンツを着ていた。
「さあ、メインセイルを上げようか」
隆の号令で、皆はラッコのメインセイルを上
げるのに必死になっていた。
「そのロープを引っ張ってくれる」
「いいかな?」
「全然いいんじゃないの、別に」
隆は、運転しながら麻美子に答えた。
「正直、さっきもう乗りに来ないとか言われ
た時、麻美子が本当に乗りに来ない気かと思
ってドキドキしたよ」
「そうなの?」
隆は、麻美子に頷いた。
「後さ、乗せてもらうとか言ってたけど、あ
のヨットは、麻美子も、自分のヨットって思
ってもらって良いんだからね」
「私さ、ヨット教室の生徒さんたちが、うち
のラッコにクルーとして大勢来るようになっ
たら、隆が1人ぼっちでヨットに乗ることも
なくなるだろうから、今週でヨットに乗るの
は辞めようかなと思ってたのよ」
「マジで、なんで?」
帰りの車の中で、麻美子は隆に話した。
「でもさ、あの子たちとヨットに乗るのだ
ったら、なんかおしゃべりしてて楽しいし
もうしばらく隆のヨットに乗せてもらおう
かなと思い直しているんだけど」
「それじゃ、来週の日曜日ね」
皆が駅から電車に乗って帰ってしまうと、隆
は麻美子を乗せて東京の自宅まで車を走らせ
た。隆は、渋谷のマンションで一人暮らしし
ていて、麻美子は、中目黒の実家で両親と暮
らしていた。
麻美子には、弟がいるのだが、弟は、いまサ
ンフランシスコに単身赴任していた。
「ね、私なんだけど」
麻美子は、ずっと隆に話し出せずにいたこと
をようやく車の中で話せた。
「でも、それじゃ、真下にいる麻美子にスカ
ートの中まる見えだろう」
「え、ぜんぜん見えていないよ」
キャタツを下で抑えていた麻美子は、降りて
くる瑠璃子に向かって話しかけた。
「皆、ここから電車で帰るのかな」
隆は、自分の狭いセダン車に全員ぎゅうぎゅ
う詰めで乗せると、横浜マリーナの最寄り駅
、京浜東北線の根岸駅まで送り届けた。
「それじゃ、来週ね!バイバイ」
皆は、駅で別れた。
隆の声で、皆は飲み終わったお茶のカップと
お茶菓子を片付けて、船台の上のヨットから
帰るために降りた。
「大丈夫か、スカートで下りられるか」
さっき上がるとき、麻美子が心配したのと同
じことを、今度は隆が瑠璃子に言っていた。
「大丈夫、スカートでどこでも普通に動き回
れるから」
瑠璃子は、隆の前で普通にスカートでヨット
のライフラインを飛び越えると、颯爽とキャ
タツを降りてみせた。
隆が麻美子に言った親子という言葉を、香代
が言い直してくれていた。
「そうよね。お姉ちゃんと妹よね」
麻美子は、訂正してくれた香代の言葉に嬉し
そうだった。
それから隆1人が混じってはいたが、日が暮
て周りが暗くなるまで、ラッコのキャビンの
では、女の子たちの黄色い声で女子会トーク
盛り上がっていた。
「そろそろ、お開きにしようか」
隆が皆に言った。
麻美子は、隣の席に座っている香代の頭を撫
でながら、隆に答えた。
クラブハウスでの講義中に、ロープワークを
香代に教えてあげて以来、麻美子と香代はす
っかり仲良くなっていた。
「すっかりお友達だよね」
麻美子が、香代に話しかけると、香代は麻美
子の方を嬉しそうに見ながら、頷いた。
「お友達というよりも、見た目は親子だな」
隆は、麻美子のことを笑った。
「お姉ちゃんと妹」
「麻美子より年上なのはさっき聞いたよ。俺
より上かなって聞いたんだけど」
「何を言っているの?」
麻美子は、隆のことを見た。
「私と隆って同級生だよね、私より4つ上だ
って言っているでしょう」
「あ、そうか。じゃ、俺とも4つ上なのか」
隆がやっと気づいたように言ったので、皆
はキャビンの中で大笑いになった。
「それじゃ、この中で1番の年下は?」
「香代ちゃん」
「だって、私より4歳も年上だもの」
「そんなこと気にしなくてもいいよ、雪って
呼んでくれていいよ」
雪は、麻美子に言った。
「へえ、麻美子よりも年上なんだ」
「そう、私がこの中で1番の年長者かな」
雪は、隆に答えた。
「そうなんだ。俺よりも年長なのか」
「だから、私よりも4歳年上だって言ってい
るじゃないの」
麻美子は、隆に言った。
「そうよね、お茶淹れるから寛いでてね」
「ルリちゃんは、会社で経理のお仕事してい
るんだよね」
麻美子は、今日会ったばかりの永田瑠璃子と
もすっかり仲良くなってしまっていて、ルリ
ちゃんと呼ぶようになっていた。
永田瑠璃子だけでなかった。鈴木香代は香代
ちゃん、中村陽子は陽子ちゃん、柏木雪のこ
とだけは、雪さんと呼んでいた。
「なんで、柏木さんだけは雪さんなの?」
隆は、麻美子に聞いた。
麻美子は、その手前にあるキッチンでお湯を
沸かして、紅茶とちょっとしたお菓子の準備
を始めた。
「お手伝いします」
永田瑠璃子と中村陽子が率先して、お茶の準
備をしている麻美子の側にいくと、麻美子の
手伝いをしてくれようとしていた。
「ね、今日はずっと1日お勉強してたから疲
れたでしょう?」
麻美子は、皆に聞いた。
「うん、知恵熱が出たかも」
横浜マリーナでのクルージングヨット教室は
いつも毎年春から秋にかけて開催されていて
いつも生徒の比率は男性より女性の方が多い
から、男性生徒はレース艇に振り分けられて
しまい、隆たちのようなクルージング専門の
クルージング艇には女性生徒しか振り分けれ
なくなってしまうのも定番になっていた。
「ソファに座って寛いでいてね。いま温かい
お茶を淹れるわね」
皆は、パイロットハウス前方の一段下がった
ところにあるダイニングソファに腰掛けた。