「あ、隆さんって、そう言う事言うんだ」
陽子が、隆に言った。
「え。あ、いや別に、麻美子の出産祝いに大
島までラッコで連れて来るのは良いけどさ」
隆が慌てて、陽子に返事した。
「麻美ちゃん、連れて来てくれるって」
「本当に?」
麻美子が、陽子に言った。
「それは楽しみだな」
麻美子が嬉しそうに頷いた。
「あ、隆さんって、そう言う事言うんだ」
陽子が、隆に言った。
「え。あ、いや別に、麻美子の出産祝いに大
島までラッコで連れて来るのは良いけどさ」
隆が慌てて、陽子に返事した。
「麻美ちゃん、連れて来てくれるって」
「本当に?」
麻美子が、陽子に言った。
「それは楽しみだな」
麻美子が嬉しそうに頷いた。
「麻美ちゃんが、自分の子供と一緒にまた来
たいってよ」
瑠璃子は、隆に言った。
「ああ、大島は東京の浜松町から大型客船も
出航しているから、いつでも来れるさ」
隆が、瑠璃子に答えた。
「いや、ラッコで子供と来るから良いのよ」
「なんで、俺が麻美子と子供のことをここに
もう一回連れてこなきゃいけないんだよ」
隆が答えた。
「私は、子供できるかわからないけど、って
いうか結婚するかもわからないけど」
雪が、麻美子に言った。
「麻美ちゃんは、子供が出来たら、また子供
とここに来たら良いよ」
「それを言ったら、私だって結婚できるかど
うかわからないし、そしたら子供は香代ちゃ
んでいいか」
背の低い香代の頭を撫でながら、麻美子が香
代に言った。
「ここの記念館って、無料なのにいろいろ勉
強にもなるし面白いね」
麻美子は、施設の中を見てまわりながら、
呟いていた。
「ね、もし私たちが結婚して子供ができたら
お互い自分の子供を連れて、またここに来た
くない」
麻美子は、自分と年齢の近い雪に言った。
「隆、私と雪ちゃんに子供が出来たら、子供
と一緒にヨットでまた連れて来てね」
記念館は、波浮港より少し上に上がったとこ
ろに位置していて、ちょうど、蝋人形の川端
康成の腰掛けている前方の窓から伊豆七島の
海が見えるオーションビューだった。
「こういう景色を見ながら、川端康成は雪国
とかの小説を書いていたんだな」
食卓には、川端康成がいつも食べていた料理
なども並び、蝋人形の調理人が調理場で料理
している姿まで再現されていた。
「川端康成って結構グルメ通だね」
「川端康成の記念館だってさ」
「川端康成って雪国の作家でしょう。静岡と
伊豆半島の方の人じゃないんだ」
「静岡から海を渡ったらすぐだし、大島にも
いたことがあったんじゃないの」
入場もかからず、無料で入館できる記念館だ
ったし、皆は記念館の中へと入ってみた。
和室の部屋がいくつもあって、それぞれの部
屋には蝋人形が置かれていて、当時の川端康
成の過ごしていた場面が再現されていた。
「お魚ずいぶんたくさん買ってしまったけど
捌くの時間かかりそう」
「皆で捌けば、すぐ終わるよ」
いつも料理を担当している麻美子に、隆が答
えた。
「階段だ!上まで上がれるよ」
道の突き当たりまで行くと、石の階段が上へ
と伸びていた。皆は、せっかくだからと、石
の階段を上がって行く。
なんかの記念館みたいなところに出た。
「俺が焼くよ」
隆が言うので、他の魚と一緒に、くさやも何
匹か買っていくこととなった。
「やっぱり、海だし、お魚料理が中心になっ
てしまうわよね」
麻美子は、買い物を終えて言った。
「突き当たりまで行ってみようか」
隆の提案で、皆は漁港の外れを抜けて、さら
に先、突き当たりまで歩いて行ってみた。
「のどかで良い街ね」
「美味しそうなタコじゃない」
魚屋さんには、今朝捕れたばかりのタコが何
匹も店頭に並んでいた。
「今夜は、くさやを食べようよ」
隆は、魚屋に置いてあったくさやを見つけて
麻美子に提案した。
くさやは、魚を独特のタレに漬けて干したも
ので、伊豆諸島の名産だった。
「くさやなんて料理したことないわ」
麻美子が、隆に言った。
「夕食の買い物に行こうか」
麻美子の言葉で、ラッコの皆全員はラッコを
降りると、波浮港の街を歩いていた。
波浮港は、大島では一番大きな漁港で、漁師
さんたちの住んでいる住宅地でもあった。
漁港のすぐ側に小さなお店が何軒か並んでい
て、住民は、そこで日常のお買い物をしてい
るようだった。
麻美子たちは、その漁港のお店を1軒ずつ見
て周っていた。
ラッコのアンカーは、船の最先端に付いてい
るため、アンカーは前から落とすので、船は
バックで大島の岸壁に着岸していた。
アクエリアスのアンカーは、後部のロッカー
から出しているので、そのまま船の後端から
アンカーを打っていた。
なので、アクエリアスは、船の先端から大島
の岸壁に突っ込み、槍付けで着岸していた。
「アンカー、レッコー!」
船長の合図で、アンカーを落としていた。
ラッコのアンカーは、船の最先端にぶら下が
っていて、隆がコクピットからスイッチ一つ
押すだけでアンカーが海に落ち、打てるよう
になっていた。
「アンカー、レッコー」
アクエリアスのアンカーは、普段、コクピッ
ト内のロッカーに仕舞ってあって、使う時に
人間が長いアンカーロープとアンカーを持っ
てデッキ上を移動して、海に向かって手動で
アンカーを投げ入れるようになっていた。
陽子と香代は、アクエリアスの舫いロープも
岸壁に結んであげていた。
おかげで、アクエリアスのクルーたちは、船
から岸壁に飛び移る必要もなかった。
「アンカーが効いていない」
アクエリアスのクルーたちは、岸壁に結ぶ舫
いロープについては心配する必要なかったが
船の前方に落としたアンカーがしっかり海底
に刺さっていないとかで、アンカーを効かす
のに苦労していた。
もちろん、海の中へドボンと落ちることもな
く、ロープを結んでいた。
特に、香代の方は、舫いロープを片手に持ち
ながら颯爽と飛び移っていた。
「舫いロープを投げてください」
香代は、アクエリアスに叫んだ。
「私が結びます」
自分たちラッコの舫いロープを結び終わると
そのすぐ隣に入って来たアクエリアスの舫い
ロープまで受け取っていた。
隆は、陽子と香代に伝えてから、自分自身も
舫いロープを持って岸壁に飛び移り、岸壁の
突起物とラッコとを舫いロープで結んだ。
それを見て、陽子と香代も同じように岸壁へ
飛び移って、隆と反対側の岸壁の突起物に舫
いロープを結びつけた。
「大丈夫?落ちないでよ」
麻美子は、2人を心配そうに見ていた。
麻美子の心配をよそに、陽子と香代の2人と
も全く飛び損ねてしまうことはなかった。
そのまま突っ込んでしまうと、ラッコの後部
がお尻から波浮港の岸壁にぶつかってしまう
ので、適当な位置で、隆はコクピットに付い
ているアンカーのスイッチを押した。
隆がアンカーのスイッチを押したので、ラッ
コの船先端にぶら下がっているアンカーが海
の中に落ちた。そのアンカーが海底の岩に引
っかかって、ラッコの船体は岸壁の手前でう
まいことを停止した。
「舫いロープを結んで!」
「あの背の高い白いボートが停まっているだ
ろう。あの左側に停めようか」
隆は、白いボートの横に2艇分が停められる
空きスペースを見つけた。
「そこ、停めても大丈夫ですか」
白いボートの船上には、オーナーらしい男性
の姿が見えたので、一応、ここの場所空いて
いますかと声をかけて了解を得てから、その
左側の岸壁に船を縦向きにして後ろから突っ
込んだ。
ラッコは、隆の操船でゆっくりと大島、波浮
港の港内に入って来た。
そのすぐ後ろから、アクエリアスも続いて入
港してきた。
波浮港は、大きな魚港で右側の大半には大型
の漁船が何隻も停泊していた。
「結構、ヨットやボートでいっぱいだな」
左側の岸壁に漁船が停泊していない空きスペ
ースがあって、そこには、既に何艇かヨット
やボートが停泊していた。
香代は、麻美子に返事した。
「港の入り口のところは、ちょっと波が高く
て大変だからな」
ラッコが大島の波浮港入り口に差し掛かった
ところで、ようやく隆がコクピットに移動し
て、香代と交代でラットを握った。
「港内に入ったら、停泊できる場所を見つけ
て、そこにアンカーを打って停めるから」
隆は、皆に港内へ入ったら、やるべきことを
説明した。
「筆島は、波浮港の入り口近くにあるから、
あれが見えたら波浮の港が近いってわかる」
隆は、皆に伝えた。
「あとちょっとだから、香代も頑張れ」
アクエリアスのエンジントラブル以降、香代
が1人でずっとラットを握っていた。
「香代ちゃん、疲れたんじゃない。誰かと代
わってもらったら?」
麻美子が、香代に言った。
「ううん、大丈夫。ヘルムって楽しいもん」
「あそこにある細長い島が見えるか」
隆は、大島のすぐ目の前にある細長い島とい
うか海から突き出た突起物、岩を指差した。
「あれは、さすがに視力2.0の香代ちゃん
でなくても、私でも見えるわよ」
瑠璃子は、隆に返事した。
「筆島っていうだ。海から突き出ている格好
が絵を描くときの絵筆みたいだろう」
隆は、今回初めて大島に来るラッコのクルー
皆に説明した。
「もうじき夕方で暗くなるから」
隆が、瑠璃子に言った。
「暗くなる前には、大島に入港したいから、
アクエリアスがどっかに行かないように見張
っておいて」
「見張っておくの?」
「ああ、また見失って探すとか、夜になって
暗くなったら大変だぞ」
瑠璃子は、目視とモニターでアクエリアスの
航跡を追っかけていた。
「何かが詰まっていたんですか?」
「ああ、エアを噛んでいたよ」
隆は、アクエリアスのクルーに返事した。
「それじゃ、暗くなる前に、機走で波浮の港
に入港しましょう」
ラッコとアクエリアスは、2艇並んで大島の
波浮港を目指して走り始めた。
「瑠璃子、アクエリアスを見失わないように
目視とGPSで追っかけておいて」
隆は、瑠璃子に指示を出した。
「エンジンを掛けてみて」
隆は、陽子の腕がエンジンに巻き込まれない
ように、エンジンから離れさせると、クルー
に指示を出した。
アクエリアスのクルーが隆からの指示通りに
エンジンのキーを回すと、今度はエンジンが
正常に掛かった。
「よし、これで直った」
隆と陽子は、持って来た工具箱を持って、ア
クエリアスからラッコに戻った。
「よし、そのスイッチを何回か押して」
陽子がエンジンのバルブのところに付いてい
るスイッチというかつまみを何回か押す度に
隆の覗き込んでいる隙間にあるホースから泡
が少しずつ移動していた。
「よし、良い感じだ」
隆が、陽子に言った。
「もう少し、つまみを押し続けて」
陽子が、つまみを押し続けると、ホースの泡
が少しずつ押し出されていく。
隆は、アクエリアスのキャビンから顔を出す
と、ラッコの艇上にいる陽子を呼んだ。
陽子が、ラッコのキャビン内から工具箱を持
って、アクエリアスに乗り移って、キャビン
に入ってくると、隆は、その中から工具を何
本か取り出した。
陽子にも手伝ってもらいながら、エンジンの
バルブを何箇所か開けた。
「いいか、俺の合図で動かすんだぞ」
隆は、陽子に命じた。
隆は、エンジンの真横、少し暗くなっている
隙間を覗き込み、繋がっているホースを1本
ずつ確認した。
「キーを回すと、掛かりそうな音はするんで
すけど、パワー不足というかエンジンが掛か
らない感じなんですよね」
アクエリアスのクルーが状況を説明した。
「詰まっている感じだね」
隆は、クルーに返事した。
「陽子、工具箱を持って、こっちに来て」
その間に、隆は1人アクエリアスに乗り移っ
て、アクエリアスのキャビン内に入った。
「あ、隆さん。ぜんぜんエンジンが回らない
んですよ」
キャビンの中では、隆の顔見知りのアクエリ
アスのクルーがエンジンルームのカバーを外
して、むき出しになったエンジンを点検しな
がら、必死にキーを回してエンジンを掛けよ
うとしていた。
「なんか詰まっている感じだね」
それでも、まだヨットの着岸とか離岸には、
不安がある香代だった。
麻美子は、コクピットに座り、香代とヘル
ムを交代した。
麻美子の操船で、ラッコはアクエリアスの真
横にゆっくりと近づいていった。
「陽子、船がお互いに離れないように、ライ
フラインを握っていて」
隆に言われて、陽子や瑠璃子、ほかのクルー
たちは、船のサイドでヨットを支えていた。
「香代。アクエリアスに横付けして」
隆は、ステアリングを握っている香代に命じ
た。その横には、麻美子がいた。
「え、私にうまく横付けなんかできるかな」
「麻美子、ラットを代わってやってよ」
隆は、麻美子に伝えた。
春のクルージングヨット教室の初日以来、何
度もラッコに乗って、ステアリングを操って
操船しており、だいぶ操船にも慣れてきた香
代ではあった。