「会社はあるけど」
「それじゃ、御蔵に行けないじゃないの」
麻美子は、陽子に言った。
「行きたいなって話をしていただけだよ」
隆が、麻美子に言った。
「隆の言い方は、話だけじゃなくて、本当に
会社をサボりそうにしか聞こえないけど」
麻美子の言葉に隆は苦笑するしかなかった。
「ここからテレワークで仕事するか」
「それ、良いかもね」
「会社はあるけど」
「それじゃ、御蔵に行けないじゃないの」
麻美子は、陽子に言った。
「行きたいなって話をしていただけだよ」
隆が、麻美子に言った。
「隆の言い方は、話だけじゃなくて、本当に
会社をサボりそうにしか聞こえないけど」
麻美子の言葉に隆は苦笑するしかなかった。
「ここからテレワークで仕事するか」
「それ、良いかもね」
「もっと、あっちこっちクルージングしてい
たいよね」
陽子と瑠璃子が話していた。
「これから八丈島とか行くか?」
「八丈島より隆さんが行きたがっていた御蔵
島に行こうよ」
「そうするか、御蔵に行くか」
隆は、陽子に賛成した。
「陽子ちゃんって、週明けから会社に行かな
くても大丈夫なの?」
「え、サバ焼き!」
香代は、麻美子が作っている今夜の夕食を見
て、叫んだ。
「そう、温泉でサバ焼き定食を食べたいって
話していたでしょう」
麻美子は、香代が言っていた言葉を覚えてい
て、今夜の夕食はサバ焼きにしたのだった。
「明日は、懐かしの大島に行って、その後に
横浜に帰るんだよね」
「あーあ、横浜に帰りたくないな」
「雪、もしかして酔ってる?」
隆は、メインサロンで頬を少し赤くして、ビ
ールを飲んでいる雪に聞いた。
パイロットハウスで宴会をしていたアクエリ
アスのメンバーたちも、既に結構飲んで出来
上がっていた。
「飲み組の人たちは、夕食が無くても、何か
お酒のつまみがあるだけで良さそうね」
麻美子は、温泉組を中心に夕食を準備した。
「さて、今夜の夕食は何にしようかな」
「雪ちゃんも一緒に来ていたら、ここで食べ
ていちゃっても良いのだけどね」
隆の提案は、麻美子に否定された。
帰りは、表の道路へ出るまで、のんびりブラ
ブラと歩いてから、またタクシーを拾って、
港まで戻って来た。
「あ、お魚屋さん」
漁港に到着する少し前でタクシーから降りる
と、見つけた魚屋さんでお買い物をしてから
ラッコに戻ってきた。
「麻美ちゃん、香代ちゃんがね、サバ焼き定
食を食べたいってさ」
瑠璃子が、香代と奥にあった食堂のメニュー
を見てきた感想を伝えた。
「本当、美味しそうな定食ね」
そこの食堂のメニューは、エントランスのソ
ファにもチラシが置いてあったので、それを
眺めた麻美子が言った。
「夕食、ここで食べていってしまおうか」
隆が提案した。
「隆以外に誰も入浴していなかったの?」
「誰もいない。1人で両手両足をめいっぱい
伸ばして入浴してきたよ」
隆が自分の両腕を大きく伸ばして答えた。
「女湯は、けっこう混んでいたよね」
「男湯は、誰もいなかったら、男湯に来れば
良かったのに」
「そうね」
麻美子は、隆に答えかけて、
「いや、隆がいるじゃないの」
「陽子、男湯に入っても大丈夫だったよ」
隆が、お風呂に入ってきた後で、エントラン
スに戻ってきて、そこで涼んでいた陽子に話
した。
「そうなの、何で?」
「だって、男湯には、人が誰も入っていなか
ったもの」
「そうなんだ」
陽子が答えた。
「女湯は、けっこう人多かったよ」
「なんだ、俺1人だけか」
「1人じゃ寂しいよね。私も、そっちに行っ
て入浴しようか」
ちょっと寂しそうに隆が言っていたので、陽
子が隆に返事した。
「こっちに来るか」
隆に言われて、陽子が男湯に入りそうな素振
りをしてたもので、
「陽子ちゃん、だめよ」
麻美子が慌てて陽子の腕を引っ張った。
「いきなり温泉なんだ」
隆は、温泉の入り口から中へ入りながら、麻
美子に聞いた。
「私だって式根島なんて来たことないし、初
めてなんだもの。そんなあっちこっち知らな
いわよ」
麻美子は、隆に答えた後で、
「それじゃね、バイバイ」
と男湯と女湯で別れているところで、隆に手
を振って、女湯に入ってしまった。
「島内観光ってどこに行くの?」
「わからん、麻美子に聞いてくれ」
タクシーの中で、隆と陽子は話していた。
後ろの座席に座っている3人には、どこへ行
くのかわからないままに、タクシーは港、海
ぎわから島の内部へと山道を上っていき、時
鉈温泉に到着した。
「どこか、もっと面白いところに行くのかと
思ったら、いきなり時鉈温泉なんだ」
隆は、タクシーを降りた。
皆は、式根島港の表の道路に出た。
「タクシー!」
麻美子は、表の道路で、たまたま走ってきた
タクシーを停めた。
「島内観光ってタクシーで行くの」
「贅沢な旅だな」
隆が微笑んだ。
香代が、麻美子と一緒に乗って、なんとか5
人全員ともタクシーに乗れて出発した。
「どこから周るの?」
隆たちは、いったんラッコのキャビンに戻っ
て、入浴の準備をしてきた。
「お待たせ!」
「それじゃ、行きましょうか」
麻美子は皆に言った。
「あれ、そういえば雪ちゃんは?」
「雪はお留守番。アクエリアスのキャビンで
宴会が始まってた」
隆が答えた。
「雪ちゃんも呑ん兵衛ね」
「マジで?」
隆が、麻美子に聞き返した。
「地鉈温泉に行くの?それは、あんな港の脇
に沸いているスポットなんか興味ないよな」
隆は言った。
「じゃ、俺らも行く」
隆と陽子、瑠璃子も、麻美子と香代の島内観
光に加わることとなった。
「ちょっと待ってて、キャビンに戻って入浴
セットを持って来るから」
「すぐそこの海中に、温泉が沸いているとこ
ろがあるんだよ」
隆が、麻美子に言った。
「水着に着替えて来れば入浴できるよ」
隆は、麻美子も興味を持つだろうと思って説
明したのだが、麻美子の反応はそれほどでも
なかった。
「私たち、島内観光に行って、地鉈温泉に入
って来ようと思ってたの」
麻美子は、隆に言った。
「私たち、ちょっと島内観光に行ってくる」
隆たちが、すぐ側にあった海中温泉への散歩
からヨットに戻ってくると、入れ代わりで麻
美子と香代が出かけるところだった。
「え、どこか行くの?」
「ちょっと、島内観光。一緒に来る?」
麻美子は、隆に聞いた。
「実は、俺らが麻美子たちのこと、温泉に入
りに行かないか誘いに戻ってきたんだけど」
「温泉?」
瑠璃子は、隆に言われて、岩場の海水が貯ま
った場所に足を入れてみた。
「暖かい」
瑠璃子が足を入れた海水は、温度が高く暖か
った。
「海中の温泉、お湯が沸いているんだ」
隆が言った。
隆に言われて、瑠璃子はTシャツを脱ぐと、
水着で海水の中に入った。暖かくて、まるで
お風呂に入っているようだった。
お昼のサンドウィッチを食べ終わった後、隆
と陽子に、瑠璃子も一緒で港の脇にできてい
る岩の間の小道を歩いて、散歩していた。
瑠璃子は、Tシャツの下にワンピースの水着
を着ていた。
岩場の道を歩いていくと、海上が岩で囲まれ
た場所に出た。
「瑠璃子、水着を着ているんだろう。あそこ
の岩場の海水に入ってごらん」
「え、なんで?」
「これで、今日のクルージングは終わり?」
「ああ、後は島内の好きなところへ行って、
島を観光してこれるよ」
隆は、瑠璃子に返事した。
「お昼ごはんにしましょう!」
キャビンの中には、麻美子と香代が作ったサ
ンドウィッチが用意されていた。
「いただきます!」
皆は、キャビンに入って、サンドウィッチを
食べていた。
「それによって、ラッコがうまく岸壁に着岸
できるかどうか変わってくるんだから」
隆が、瑠璃子に説明した。
本当は、船首アンカーのスイッチは、パイロ
ットハウスと船尾コクピットの両方に付いて
いたのだが、瑠璃子の練習にもなるので、隆
は、自分ではアンカーの操作せずに、パイロ
ットハウスの瑠璃子に操作させていた。
神津島港を出航してから、機帆走でお昼前に
は式根島港に到着してしまった。
コクピットの隆からの指示で、パイロットハ
ウスにいる瑠璃子が、アンカーのスイッチを
押して、船首のアンカーを海底に打った。
「瑠璃子、ナイス!」
ラッコのアンカーがしっかり海底に刺さって
ラッコが岸壁に固定されると、隆が言った。
「うまいじゃん」
「ボタン押しただけだけど」
瑠璃子が返事した。
「ボタン押すタイミングが重要なんだよ」
「アンカーレッコ!」
中村さんの号令で、アクエリアスのクルーが
船尾からアンカーを打っていた。
「うちのヨットは、バックで岸壁に着岸して
船首のアンカーを使おうか」
隆は、ラッコをバックで岸壁に着岸した。
バックで着岸すると、船首に取り付けてある
アンカーをスイッチ一つで自動的に打ったり
上げたりすることができるので楽だった。
「瑠璃子、アンカー打って!」
「新島、今日も大混雑しているね」
ラッコが、ちょうど新島と式根島の境を通り
抜ける時、新島港にたくさんのヨットのマス
トが見えているのを見た麻美子が言った。
「式根も混んでいるのかな」
瑠璃子が、隆に聞いた。
「これから行く方の式根の港は、それほど混
んではいないと思うけどね」
隆は答えた。
アクエリアスが先頭で式根島港に到着した。
「式根に着いたら、あそこの式根と新島の間
の狭い海域を通過したら、もう式根島港は、
すぐ目の前だ」
「あの狭い海域って、三宅島に行く時に通っ
た場所よね」
香代は、隆に言った。
「そう、よくコースを理解しているじゃん」
隆は、香代を褒めていた。
「こんな短いと、セーリングはできないか」
香代は、少し残念そうだった。
「機帆走でずっと走るの?」
神津島港を出港した後、隆からラットを交代
した香代が質問した。
「セーリングしている時間が無いだろう」
隆は、周りの地形を指差しながら、香代に今
日のコースを説明した。
「もう、あそこまで行けば、神津から式根島
に着いてしまうだろう」
目の前の式根島を指差した。
「うん、すぐだね」
「今日行く式根は、式根島港の方に泊まりま
せんか」
隆は、中村さんと話していた。
「そっちの港の方が混雑していないかもね」
中村さんも、隆に賛成した。
「ですよね。それに、周りが静かな場所だか
ら落ち着いて泊まれますよ」
今日のルートは、神津島から式根島の式根島
港に行くことが決まった。
「隆さん、今日はセーリングはしないの?」
「それは無い」
隆の言葉を、2人は即座に否定した。
「麻美ちゃんがお母さんで、隆くんがお兄さ
んはちょっと図々しくない」
ファオキャビンから雪の声も返ってきた。
「それじゃ、お父さんも寝ます!」
隆は、3人に返事すると、船尾のアフトキャ
ビンに入ってしまった。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
瑠璃子と陽子が、キャキャっと笑っていた。
「それじゃ、近所のおばさんも、フォアキャ
ビンで寝ますね」
雪が、フォアキャビンに入りながら言った。
「ラッコって家族か」
「そう、クルージングに出ている間だけでも
ラッコって家族だよ」
隆が、陽子に繰り返し返事していた。
「でもさ、家族は良いんだけど、俺ってお父
さんなのか?せめて、一番上の兄じゃない」
「こうやって、私と瑠璃ちゃんが横になって
いて、隆さんがそこに立っていると、本当に
なんか隆さんが私たちのお父さんで家族にな
った気がしてくる」
「そうだな、家族で良いんじゃないの。ほら
ラッコっていう家族だよ」
隆は、陽子たちに答えた。
「なんか、隆さん、かっこいい言葉」
「っていうか、テレビでよくあるクソドラマ
のセリフみたい」
瑠璃子は、ダブルバースに変化させると、そ
こにタオルケットや枕でベッドメイクした。
陽子と瑠璃子は、ダイニングのベッドで横に
なっていた。
「ねえ、隆さん」
ダイニングとギャレーの間の仕切りになって
いるカーテンを閉めてあげていた隆に、陽子
が声をかけた。
「どうした?」
「なんかさ、ちょっと思ったんだけど」