シャランが返事に困っていると、奥の席で2
人の会話を聞いていた部長が教えてくれた。
ゆみは、シャランからプロフォーマインボイ
スのテンプレートファイルをもらって、ドイ
ツの海外バイヤー宛のものを作成した。
「お返事ありがとう」
ゆみは、ドイツのバイヤー宛に返信した。
「プロフォーマインボイスを作成しましたの
で、お送りします。ご検討ください」
なるだけ、自分がにわか中古車輸出業者だと
思われないように書いたつもりだった。
シャランが返事に困っていると、奥の席で2
人の会話を聞いていた部長が教えてくれた。
ゆみは、シャランからプロフォーマインボイ
スのテンプレートファイルをもらって、ドイ
ツの海外バイヤー宛のものを作成した。
「お返事ありがとう」
ゆみは、ドイツのバイヤー宛に返信した。
「プロフォーマインボイスを作成しましたの
で、お送りします。ご検討ください」
なるだけ、自分がにわか中古車輸出業者だと
思われないように書いたつもりだった。
「見積書?」
シャランは、スリランカ人なので時々わから
ない日本語もあった。
何か物を買う時に、いくらかわからないから
営業の人に金額を教えてと聞くと、作っても
らえる書類とゆみが説明した。
「うーん、見積書で良いのかな?」
「正確には、プロフォーマインボイスと見積
書は違うものだけど、まあ、そんなようなも
のと考えてもいいよ」
部長が、ゆみに答えた。
「正式なインボイスの前に送る予備のインボ
スのことよ」
「予備のインボイス?」
「プロフォーマインボイスの価格とかを確認
して、海外バイヤーが注文するか決めるの」
「見積書みたいなものね」
「見積書?」
今度は、シャランの方がゆみに質問した。
「見積書のことじゃないの?」
「何それ?」
シャランは、ゆみに聞き返した。
それなりに、けっこう日本の市場にも、ポル
シェの車ってたくさんあるじゃないの。
見つけた車を何台かドイツの海外バイヤーさ
ん宛にメールで教えてあげた。
「シャラン、プロフォーマインボイスってな
に?どうやって作るの?」
ゆみは、シャランに質問した。
ドイツの海外バイヤーが車を教えてくれてあ
りがとう、良い車が日本市場にもあることが
わかったので発注したいから、プロフォーマ
インボイスが欲しいという返事だった。
「ゆみ、お返事ありがとう」
ゆみは、ドイツの海外バイヤーさんからのメ
ール内容を確認した。
80年代ぐらいの古いベンツやポルシェの車
がほしいのだけど、そちらの市場に、いくつ
か在庫があるだろうか。もしあるのならば、
まずはポルシェの車で取引を始めたいという
内容だった。
ゆみは、早速中古車オークション会場のサイ
トにログインすると、ポルシェの車を検索し
てみた。
「私、お返事書いてみようかな」
ゆみは、シャランに言った。
営業担当者皆が、いたずらだと言い、誰もお
返事を書こうとしなかったので、そのまま放
ったらかしでは、かわいそうだなとも思った
のだった。
そして、ドイツの海外バイヤーさんにお返事
を書いてみたのだった。
「ゆみ、お返事ありがとう」
次の日、ドイツの海外バイヤーさんからゆみ
宛にお返事が返ってきていた。
「そんなの無視しておきなよ」
シャランは、ゆみにアドバイスした。
「どうして?」
「だってポルシェってドイツ製の車だよ。な
んでドイツの人がポルシェ欲しいって日本に
オファーしてくるのよ」
シャランは、ゆみに言った。
「そうなのかな?」
でも、いつもお返事はアフリカとかの人ばか
りだったから、ゆみとしては、なんかヨーロ
ッパの人と話してみたくなった。
そして、社長と部長の予想通り、ゆみの初注
文が取れる日は近かった。
「え、ポルシェが欲しいって、ヨーロッパの
海外バイヤーさんがいるんだけど」
ゆみは、その日のオファーメールの内容を確
認していて気づいた。
いつも、オファーメールはアフリカや中東ア
ジア、オセアニア、カリブ諸島など南米から
来るものが多かった。
「ドイツ、ヨーロッパから来るオファーメー
ルなんて初めて見た」
「でも、換金できるかもしれないし手続きぐ
らいしてみるか」
社長は、ゆみに聞いた。
「え、やっぱ辞めておく」
「換金できるか手続きぐらい試してみるか」
社長に言ってもらえたが、ゆみは断った。
「頑張ってもっとちゃんとした海外バイヤー
から注文もらう」
「そうか、それならば頑張ってみなさい」
社長は、ゆみに言った。
「今井なら、もう少しで車の注文取れるさ」
「万が一、換金できるかもしれないから換金
手続きだけしてみるか」
「換金できたらトラック200台仕入れて、
輸出するの?」
「うまく200台仕入れられたとしても、犯
罪に使われる車に貢献することになるかもし
れない」
社長は、ゆみに警告した。
「やっぱり、辞めよう」
ゆみは、社長がゴミ箱から拾い上げた手紙を
再度ゴミ箱に捨てながら言った。
「確かに、私がイランからのオファーメール
に返信したけど、全く何も返事をもらえなか
ったから駄目だったんだなと思って忘れてい
たんだけど」
ゆみは、社長に言った。
「詐欺だとは思うけどな」
社長は、ゆみに言った。
「この書き留めも?」
「ああ、偽物の書き留めだろう、恐らく換金
もできない偽物だろう」
ゆみは、手紙をデスクのゴミ箱に捨てた。
「私が見積もった金額じゃないんだけど」
ゆみは、社長にイランの人に見積もった時の
メールを見せた。
「金額は合っているけどな」
ゆみが見積もったのは、トラック1台分の金
額だった。社長は、計算機を使って、台数を
かけてみると、その途方もない金額は、ぴっ
たしの金額ではあった。
「それじゃ、車が売れたってこと?」
「なんとも言えない、現金書留だしな」
社長は、悩んでいた。
今井ゆみは、社長から会社に届いた手紙を手
渡された。
「え、何これ」
ゆみは、社長から手渡された手紙の封筒を開
けると、中身を確認してみた。
丁寧なメールをありがとうと書かれていて、
日野レンジャーのトラックを200台順番に
送ってほしいと記載されており、手紙と一緒
に途轍もない金額が記載された書き留めが同
封されていた。
「なんなの、この金額」
「なかなか車の注文取れないな」
月末の売上げ報告会議の時、今井ゆみは社長
にも言われてしまっていた。
このままでは、本当にうちの会社のサイトか
ら来るオファーメールは、いたずらやスパム
メールばかりってことになってしまうなと冗
談交じりに、社長はゆみに言った。
「来月こそ絶対1台は車の注文取ります!」
「よし、頑張れ」
ゆみは、悔しくて思わず報告会議で社長に宣
言してしまっていた。
さすがに大型注文だったし、中古車輸出業の
素人営業担当じゃ相手にもされなかったか。
その後も毎日のように、営業担当者たちにオ
ファーメールを振り分けるだけでなく、自分
でも届いたオファーメール宛に返信し続けて
いたのだったが、いずれも、たまにお返事が
返ってきて、その海外バイヤーには、さらに
返信を書いて、メールのやり取りを続けては
いたのだが、なぜか車の受注までには至らな
かった。
「どうやったら、注文を取れるのだろう」
今井ゆみは、イランの海外バイヤーにそのこ
とを伝えてあげた。
2015年ぐらいのものからいくらでも揃っ
ているから、注文してもらえれば、すぐにで
も輸出してあげられるよ。
今井ゆみは、イランの海外バイヤーには、け
っこう丁寧に自己紹介も入れて返信してあげ
ていたつもりだった。
だが、なぜか何も返事をもらえなかった。
「トラックの大量注文だものね」
流石に、私じゃ受注できないか。
今井ゆみは、中古車オークション会場にログ
インすると今度は「日野レンジャー」で検索
してみる。
中古車オークション会場の使い方にも、だい
ぶ慣れてきていた。
日野レンジャーの落札相場を確認し、古いも
のから新しいものまで豊富に揃っていること
も確認できた。
「うん、いいトラックいっぱいある」
これなら大丈夫と、今井ゆみは思った。
「お願い、イランの人、どれか買ってね」
今井ゆみは、タンザニアの海外バイヤーとは
そんな会話を長々といろいろお喋りを続けて
けっこう感触は良い感じだった。
なのに、車の受注までには至らずに、メール
は途切れてしまった。
「残り1件はイランの人か」
今井ゆみは、イランから届いたオファーメー
ルの内容を確認した。
建設会社と取引している人なのだろうが、日
野自動車の日野レンジャーというトラックを
現場で大量に必要だという依頼だった。
コミューターの中でも、天井が高く盛り上が
っているハイルーフタイプのものが特に好ま
れる。アフリカの海外バイヤーからハイエー
スと言われたら、ハイルーフのハイエースコ
ミューターで探すと話が通じやすい。
アフリカの海外バイヤーで、ハイルーフのハ
イエースコミューターがほしいと望んでくる
バイヤーは、大概そのバスを使ってタクシー
乗り合いバスを始めたいという人が多い。
「アフリカって、バスの運転手さんになりた
い人がすごく多いのね」
ハイエースには、何種類かあって、普通に後
部座席があるもの、後部が全て荷物入れにな
っているもの、車椅子などが乗れるようにな
っているもの、座席数が18人分あるバスタ
イプのものがある。
「アフリカってコミューターばかりなのね」
特にアフリカでは、この18人分の座席があ
るハイエースコミューターというものが人気
で、コミューターで探ておくと話が早い。
いわゆるよく田舎で走っている路線バスより
車体の小さいコミュニティーバスのことだ。
そんなところに18人も乗れるわけないよ。
18人乗れるハイエースは、ハイエースコミ
ューターっていうハイエースのことよ。
「ハイエースコミューター?」
「オークション会場で検索してみなよ」
シャランに言われて、ゆみは中古車オークシ
ョン会場にログインして、検索してみた。
「あ、バスみたいなハイエースじゃん」
「バスだから」
シャランは、ゆみの返事に苦笑していた。
「こういうハイエースが欲しいのね」
「このハイエースって18人乗れるのか」
今井ゆみが返答すると、タンザニアの海外バ
イヤーからさらに質問がきた。
確かに、後部は広い荷物入れになっているけ
ど18人も乗れるのかな、乗れても椅子がな
いから乗るの大変じゃないかな。
「シャラン、ここに18人も乗れる?」
今井ゆみは、シャランに、自分が海外バイヤ
ーに送った写真を見せながら質問した。
「そんなところに人は乗れないよ」
シャランは、ゆみに答えた。
「この値段だったら、嬉しいんだけど」
タンザニアの海外バイヤーからゆみの所に返
事が返ってきた。
「この車は、18名乗れるのか?」
「18人も乗せたいの?」
「乗り合いタクシーをしたいからね」
海外バイヤーは、ゆみに言った。
タンザニアの人は、乗り合いタクシーの運転
手さんなのね。
「ハイエースの荷台に、ベンチシートとか置
けば、18人ぐらい乗れるのかな」
今井ゆみは、また中古車オークション会場の
サイトにログインすると、ハイエースの落札
相場を確認していた。
ハイエースってすごく高い車からけっこう安
い車までいろいろあるのね。
前回は、パキスタンの人に安く安く言われて
お返事ももらえなくなってしまったし、高い
ハイエースで欲張るよりも、あんまり高くな
い方のハイエースで話を進めた方が、きっと
注文してもらえるわね。
「安めの車、安めの車」
この国ならば、さすがにウェブの仕事しかし
ていない今井ゆみでも、車1台ぐらいの注文
ならば取れるだろう。
「タンザニアさんからは、車の注文をもらえ
るといいな」
と強く思っていた。
今井ゆみは、前にパキスタンからのオファー
メールの時に、シャランに聞いた返信の書き
方を思い出しながら、自分のこと、会社の自
己紹介から順番に返信文を書いていた。
「今度の車はハイエースか」
今井ゆみに返事をくれた残りの2人、1人は
タンザニアの海外バイヤーだった。
タンザニアは、アフリカ大陸の右下辺りにあ
る国だ。アフリカの国は、日本から世界へ輸
出されている中古車の国の中で最もポピュラ
ーな国の一つだった。
「この国ならば、楽勝で受注できるわよね」
タンザニアやケニアなどアフリカの国々は、
月末にいつも会社でやっている売上げ報告会
議でも、シャランを始め、どの営業担当者も
普通に輸出している国だった。
うちの会社だって、いろいろな経費も掛かっ
ているのだし、これ以上は、さすがに無理よ
と一言つけ加えて返答すると、その先は何も
返答が無くなってしまった。
「これ以上、安くしすぎても」
「それはそうだよな」
部長はともかく社長は、今井ゆみの方針に納
得してくれた。
「パキスタンの奴らは。値引きが多すぎるか
ら、全然おもしろくないぞ」
社長は、ゆみに答えた。
最初から安く見積もらなくても、商談の中で
もう少し安くしてあげないとだめそうな方に
は、後から多少低く見積もり直してあげるよ
うにしてあげよう。
「少し高くないか」
ゆみは、見積もった金額をパキスタンの海外
バイヤーに提出すると、パキスタンの海外バ
イヤーから返答がきた。
そうね、それじゃと、ゆみは7500円だけ
提示した金額より引いてあげた。
「このぐらいならば良いでしょう」
利益の出し方は、担当者それぞれで全然違っ
ていて、2万か3万ぐらいで安く見積もって
数を売って利益を得ていこうというタイプ、
営業経費などを考慮して5万、10万ぐらい
と強気で見積もるタイプなどに別れていた。
「でも経費とかも掛かるし、8万ぐらいは足
しておいた方が安全かな」
今井ゆみは、営業担当者皆の意見を参考に考
えていた。
「安く見積もりすぎて、赤字になってしまっ
たら大変だものね」
中古車オークション会場で落札すると会場の
手数料、1・5万ぐらいに輸出手続き料2万
ぐらい、会場から近くの港までの陸送料2万
ぐらいが掛かる。
それに、後は自分たちの会社の利益も足さな
ければならない。
「利益は5・5ぐらい足せばいいかな」
ゆみは、シャランに言った。
「利益ってどのぐらい足すの」
今井ゆみは、シャランたち営業担当者に聞
いて、周っていた。
本日出品されているたくさんのトヨタノアの
車が表示された。
年式や走行距離などによっても変わってくる
が、だいたいの落札時の相場価格なんかも確
認できるようになっていた。
「そうね、80万ぐらいかな」
今井ゆみは、向かいの席のシャランにも聞こ
えるぐらいの大きな声で呟いてみた。
「それに、会社の手数料とか陸送料なども、
ちゃんと足さないとだめよ」
シャランがゆみに言った。
「さて、なんてお返事しようかな」
今井ゆみは、受け取ったメールの内容を確認
しながら考えていた。
いくらぐらいかと聞いてきているのだから、
ノアの値段を教えてあげないといけないね。
ゆみは、パソコンで中古車オークション会場
のページを開くと、会社のアカウントでログ
インした。
「トヨタのノア」
中古車オークション会場の検索フォームにト
ヨタノアと入力して検索する。
「シャラン、お願い」
「わかった。後は任せて」
シャランは、ゆみに返事した。
「いや、待った。なんで、シャランがやるん
だ。ゆみ、おまえが最後までやらなければ、
車の受注したことにならないだろうが」
部長が、ゆみに言った。
「車の値段とかわからないんだけど」
「中古車オークション会場にログインして、
自分で調べられるだろう」
部長は、ゆみに言った。
昨日、今井ゆみが書いたお返事のメールに対
して、さらに今井ゆみ宛に追加のお返事をく
れた海外バイヤーはぜんぶで3人だった。
その1人がパキスタンの人で、黒色もしくは
白色、シルバー色のノアが欲しい、いくらで
出してもらえるのかと聞いてきていた。
「いくらで出してもらえるかなんて、私だっ
て知らないよ」
ゆみは、そう独り言を呟くと、シャランに渡
して、後はシャランに車の値段とか商談を進
めてもらおうと思っていた。
ゆみは、まるで営業部に新人が新しく入った
みたいに、ずっと部長が付きっきりで、色々
アドバイスされながら、メールを書かされて
いたのだった。
「あら、お返事が来てる」
今井ゆみは、次の日の朝、新しく届いたばか
りのオファーメールをプリントアウトして営
業担当者皆に配り終えると、自分のメールア
ドレスの内容を確認していた。
「パキスタンの人か、トヨタのノアが欲しい
と言っていた人ね」
「ああ、なんか肩が凝った」
今井ゆみは、横浜の会社から東京の自宅へ帰
るために、自分の車を運転しながら呟いた。
結局部長に言われて、いろいろと自分で試行
錯誤しながらも、それぞれの海外バイヤー宛
にそれぞれ文面の内容を変えながら、何通も
何通も返信することになってしまった。
「私は、オファーメールの海外バイヤーがち
ゃんとした海外バイヤーかどうかを確認でき
れば良いだけで、別にずっと車の営業なんか
するつもりないんだけどな」
シャランと一緒の内容でメールしたとしても
今井ゆみが同じように車の注文を取れるわけ
ではない。
シャランの文面は、あくまでシャランが車の
注文を取れる文面であって、今井ゆみは今井
ゆみが車の注文を取れる文面を自分で見つけ
ない限り、いつまでも海外バイヤーから車の
注文なんて取れないからな。
「今井が車の注文を取れる文面は、自分で何
度も何度も文面を変えていろいろ返信してい
く中で見つけなさい」
どうせ、オファーメールにちゃんとお返事が
くるかどうかのお試しで書くだけなのだから
メールの内容なんて、シャランと同じでも良
いと思っていた今井ゆみだったが、部長に言
われて、結局ぜんぶメールの内容を自分なり
の文章で書き直して、返信することになって
しまったゆみだった。
「シャランと同じ内容にしたからといって、
今井が車の注文を取れるようになるわけじゃ
ないからな」
部長は、今井ゆみに言った。
「その内容じゃ、メールが、ほぼシャランの
書いたメールじゃないか」
今井ゆみの席の背後に来て覗き込んでいた部
長が、今井ゆみに言った。
今の内容ではシャランのメールの内容に、名
前だけYumiと書き換えただけだろう。
文章なんて文法が下手でもどうでも良いから
もっと今井らしさを全面に出して、ただし車
のプロ意識を持って返事を書きなさい。
「はーい」
ゆみは、部長に返事した。
今井がウェブデザイナーだとか、車のことは
よくわかっていないなんていうのは、向こう
には関係ないんだからな。
向こうの海外バイヤーは、あくまでプロの車
屋から安心して車を購入したいのだから、今
井が素人だと思われたら不安になるだろう。
ある程度、知ったかぶりみたいになっても良
いから、私は車のプロだという自負を持って
海外バイヤーとは接しなさい!
「はい、わかりました」
今井ゆみは、一番奥の席の部長に答えた。
シャランは、今井ゆみの書いている返事の文
章を確認し、私はウェブデザイナーだから車
のことはよくわからないけどって書いちゃう
と車の素人に見られちゃうから、そこは、あ
くまで車のプロって自信を持って書くように
しなさいとアドバイスした。
「今井、素人っぽい書き方はだめだぞ!」
シャランと今井ゆみの会話を聞いていた部長
も、今井ゆみに注意した。この当時の輸出部
門の営業部長は日本人だった。
「はい、わかりました」
シャランは、営業担当の先輩として、今井ゆ
みにメールの書き方を教えてくれた。
「プロっぽくお返事は書こうね」
シャランは、3年前ぐらいに、スリランカか
ら日本へ出稼ぎに来た女性で、去年から今井
ゆみと同じ横浜の貿易会社で働いていた。
今井ゆみより少しだけお姉さんだったが、ほ
とんど同い年で、女性同士と言うことで仲良
くお喋りするようになっていた。
「ゆみちゃん、その書き方は良くないよ」
シャランは、ゆみにアドバイスした。
「うん、どんな風にお返事を書こうかな」
今井ゆみは、オファーメールの内容を読みな
がら、パソコンの前で悩んでいた。
「最初はサンキュー・フォ・オファーが良い
んじゃないかな」
まずオファーのお礼を軽く書いてから、自分
や自分の会社、横浜の貿易会社のことを軽く
自己紹介してから、オファーをくれた車種の
年式やマイレージ(走行距離)、車の状態な
どについて説明して、だいたいの相場を伝え
るぐらいで最初のお返事は良いと思う。
「それでね、もしお返事が来て、車をほしい
ってお願いされたら、私じゃどうやって車を
仕入れたらいいかわからないし、シャランち
ゃんに渡すから後はよろしくね」
「うん、わかった。注文きたら車は仕入れて
あげるよ。お返事が来るといいね」
シャランは、今井ゆみに答えた。
「お返事くるかな」
今井ゆみは、少し不安そうだが、それよりも
海外のバイヤーと話ができることにちょっと
ワクワクしていた。
「それは良い、おまえもやってみなさい」
社長は、今井ゆみにそう答えたのだった。
さっそく翌日から届いたオファーメールのう
ち何通かだけは自分の手元に残し、残りをプ
リントアウトして、営業担当者たちに振り分
けるようになった。
「今日からしばらくは、私もオファーメール
の相手に返信してみることになったの」
「そうなんだ、頑張って」
シャランは、ゆみに言った。
「返事もらうのって、かなり大変だよ」
「ね、社長。私も自分でも、海外バイヤーに
お返事を書いてみてもいいかな」
今井ゆみは、社長に提案した。
もしかしたら本当に、ラオス人の彼が言うよ
うに毎日届くオファーメールが、海外バイヤ
ーの質が悪いのかもしれない。
そうだったら彼に申し訳ないから、自分でも
オファーメールにお返事を書いてみて、ちゃ
んとお返事が来るのか、車の注文をしてくれ
るのかを確認してみたいと社長に直談判して
みたのだった。
「かおりちゃんは、きっとクラスでの雰囲気
が悪くなるのを嫌って、言わなかったんでし
ょうね」
お母さんは、今日学校であったことを娘2人
から聞いて、述べていた。
「ゆみちゃんは、かおりちゃんに黙っている
ように言われたから言わなかったのよね」
お母さんに言われて、ゆみは頷いた。
「で、誰にいじめられたの?」
「川上君と2組の人」
ゆみは、お母さんには全て話していた。
かおりが、そっと手振りでシーっと、ゆみに
囁かれたので、続きを言うのを辞めた。
「誰なの?」
「私も、まだ1組の皆のことを覚えられて
いないからわからない」
ゆみも、かおりの真似をして黙っていた。
「なんで、2人して黙っているのよ」
祥恵は、ゆみに言った。
「ともかく、今日は遅くなるから帰ろう」
佐伯先生は、かおりを連れて、祥恵は、ゆみ
を連れて家へ帰宅した。
「誰にやられたんだ?」
佐伯先生が、かおりに聞いた。
「私、目が見えないから、誰にやられたかは
わからないよ」
「目が見えなくても、誰だかわかるだろう」
佐伯先生は、再度かおりに聞いた。でも、か
おりは誰にやられたかを口にしなかった。
「ゆみ、誰にやられたの?」
祥恵が、ゆみに聞いた。
「あの、お姉ちゃん。川」
ゆみは、途中まで言いかけたが、
「本当に大丈夫なの」
祥恵は、ゆみのことを立たせると、かおりが
立つのにも、手を貸して車椅子へ腰掛けさせ
ていた。
「お待たせ!」
佐伯先生も、職員会議を終えて戻ってきた。
「どうした!?」
祥恵が手を貸して、かおりのことを車椅子に
座らせているのを発見して、慌てて走って2
人のいる所へやって来た。
「大丈夫なのか?」
「お姉ちゃん、ここだよ」
ゆみは、黒板の前の床に、かおりと一緒に転
がっていた。
「あんた、何をやっているの?」
「私と一緒に、ちょっと男の子たちにいじめ
られちゃっていたんだよね」
かおりが代わりに、祥恵に答えた。
「え、大丈夫なの?」
「大丈夫よね」
かおりに聞かれて、ゆみは頷いた。
「ゆみちゃんが、私を守ってくれたの」
「もちろん知ってるわよ」
かおりは、ゆみに答えた。
「祥ちゃんの妹でしょう。すごく頭が良くて
優秀だから、飛び級で中等部に進級できたの
よね。チビじゃないよね」
かおりは、ゆみに言ってくれた。
「ゆみ、お待たせ!」
バスケ部の練習で汗を流してきた祥恵が、練
習を終えて、教室に戻ってきた。
「ゆみ、どこにいるの?」
ゆみは、自分の席にはいなかった。
「ゆみちゃん、大丈夫?」
かおりは、ゆみの側まで来ると、ゆみのこと
を抱きしめてくれた。ゆみは、かおりの胸の
中で思い切り泣いてしまっていた。
「私のことを助けてくれたんだよね」
かおりは、ゆみに言った。
「でも、私がいじめられちゃって、かおりさ
んのことを助けられなかった」
「ううん、助けてもらえたよ」
かおりは、優しくゆみの頭を撫でてくれた。
「私のことを知っているの?」
2人は、1組の教室を出たところにある中等
部校舎裏の非常階段から表に出ると、家へ帰
ってしまった。
「うああああ〜ん」
1組の教室に残されたゆみは、今までずっと
我慢していた涙が溢れてきて、泣き出してし
まった。
「ゆみちゃん、大丈夫?」
かおりは、動かない足を引きずりながら、車
椅子から降りると、ゆみの泣き声がする方に
近寄ってきてくれた。
「おまえは小学生だろうが」
川上は、ゆみに言った。
「ここは中等部なんだよ。小学校に帰れよ」
2人は、ゆみのことを笑い出した。
「小学校に戻れよ、小学生」
「チビ!」
2人が、ゆみをいじめて楽しんでいた。
「お、なんか誰か来るぞ」
教室の外、廊下の向こうから足音がした。
「行こうぜ」
「お、そろそろ帰るか」
「やめなさいよ!」
「うっせえな!目くら」
川上は、かおりに言い返した。かおりは、泣
き出してしまっていた。
「なんか泣いているぜ」
「目が見えないくせに、どうやって涙が出る
のだろうな」
川上たち2人は、かおりを笑っていた。
「かおりさんのこといじめないで!」
ゆみは、2人に言った。
「チビは黙っていろ!」
「そうだよ。こいつ、ゆみっていうんだ。チ
ビで年下のくせに、俺らのクラスに入って来
た生意気なやつなんだよ」
川上は、自分と同じぐらいの背丈のゆみにチ
ビと言っていた。
「俺たちより年下のくせに、何を偉そうに説
教しているんだよ!」
2人は、今度は、かおりでなく、ゆみのこと
をいじめ始めた。
「おまえ、生意気なんだよな」
川上は、ゆみのことを怒鳴りつけた。
「なんか言ったか?」
川上たちは、かおりの側から離れて、ゆみの
方にやって来た。
「逃げなきゃ、いじめられる」
そう直感したゆみは、慌てて1組の教室から
逃げ出そうと、扉の方に走り出した。
「待てよ」
川上が、走っているゆみの前に、自分の足を
出した。ゆみは、出した川上の足につまずい
て、ひっくり返った。
「こいつさ、俺らよりも年下だろう」
「おい!おまえ、本当は読めてないよな」
「先生や親の前だけ、読んでる振りしている
だけなんだろう。勉強してる振りかよ」
川上たちは、かおりの事をからかっていた。
「目くら!目くら!」
川上たちは、かおりの事をからかい続けてい
て、かおりは黙って、それに耐えていた。
「ね、やめなさいよ!」
教室の前、窓際の方の席に座っていたゆみは
思わず川上たちに叫んでしまった。
「え、なになに」
「ね、何をしているの?」
川上は、かおりに声をかけた。
「勉強か?」
2組の彼も、かおりに聞いた。
「これって、なんて書いてあるのかな」
かおりが、机の上に広げていた点字の本を眺
めながら呟いた。
「目が見えないくせに、どうやって、こんな
本を読んでいるのだろうな」
「読んでる振りしてんじゃないの」
川上たち2人は、笑いあっていた。
「あーあ、なんかつまらないね」
川上は、呟いた。
「なんか飽きてきたね」
2人は、ソファの上にバタンと寝転がりなが
ら、話していた。
「あれ?」
川上は、教室の前の席に腰掛けているかおり
の姿に気づいた。
「ちょっと来いよ」
川上は、彼と一緒に、かおりのいる教室の前
へと移動した。
1組の教室には、もう皆帰ってしまっていて
誰もいないものと思っていた。
しかし、教室の前の方には、佐伯先生が職員
会議から戻ってくるのを待っているかおりと
バスケ部の練習から戻ってくるゆみの2人が
残っていた。
「1組って、教室の後ろにソファがあるの」
「ああ、うちの佐伯先生が、どこかの処分場
から拾ってきたらしい」
「拾ってきたソファなの!」
2人は、ソファにダイブして、遊んでいた。
川上君は、1組で一番背の低い男の子だ。そ
の身長は、年下のゆみと同じぐらい程度しか
なかった。
背が小さいだけでなく臆病者で、そのためク
ラスでもいつも目立たないように、静かにひ
っそりと過ごしていた。
そんな彼にも、2組に仲が良い男の子がいて
よく彼と2人で遊んでいた。
「誰もいないから、1組の教室に来いよ」
放課後、川上は、彼のことを誘って、2組
から1組の教室に戻ってきた。
「だから、ゆみちゃんも、かおりちゃんと仲
良くしてあげなきゃだめよ」
「うん」
ゆみは、お母さんに返事した。
「かおりちゃんって、私よりも年上だよね」
「お姉ちゃんと同い年だから、年上かもね」
「仲良くしてくれるかな」
ゆみが、お母さんに聞いた。
「ゆみが、お友達になって仲良くしてあげた
ら、きっと向こうも仲良くしてくれるわよ」
「かおりちゃんとお友達になりたい」
「そういう事なんだって」
お母さんは、ゆみに話していた。
「かおりちゃんのために一生懸命になってあ
げて、小等部から中等部になってまで担任も
続けて。佐伯先生は立派な先生ね」
お母さんは、ゆみに説明した。
「良い先生なんだ」
ゆみは、お母さんに答えた。
「頭がモシャモシャで、変わった先生だけど
うちのクラスの担任が良い先生で良かった」
「そうね」
「お母さん、今日初めて、ゆみからその話を
聞いて、びっくりしたわよ」
お母さんは、祥恵に言った。
「あなたも、もう少し学校であった事を、ゆ
みみたいに話してもらえると嬉しいわ」
「はいはい」
祥恵は、お母さんに返事した。
「っていうか、私が別にお母さんへ話さなく
ても、どうせ同じクラスのゆみが話すんだか
ら、私は話さなくても良くない」
祥恵が、お母さんを論破した。
「かおりちゃんとは、あなたも小等部からず
っと一緒だったの?」
「そうよ」
「だったら、あなたも車椅子で見えない子が
いるって、お母さんにも教えておいてよ」
「別に、話す必要ないじゃん」
祥恵は、お母さんに言った。
「お母さんには関係ないし」
「関係ない事ないでしょう。あなたは、お母
さんの娘なのだから」
お母さんは、祥恵に言った。
「でも、小等部の時に、病気で足が動かなく
なって、目も見えなくなってしまったの」
祥恵は、お母さんに説明した。
「本当は、障害者の学校へ転校するんだろう
けど、皆と別れたくないって佐伯先生に相談
して、今もうちの学校に通っているの」
「あら、そうなの」
「佐伯先生って本来は、小等部の先生なんだ
けど、彼女の事があるからって、今回は中等
部の担任に、そのままなったのよ」
祥恵が言った。
「祥恵、あなたのクラスに、目が見えない子
がいるの?」
お母さんは、祥恵に聞いた。
「かおりちゃんのこと?」
「そうかな。さっき、ゆみから聞いたけど」
お母さんは、祥恵に言った。
「今日のホームルームで、佐伯先生が皆に、
かおりちゃんの事を話したからじゃない」
祥恵は答えた。
「かおりちゃんは、小等部までは普通に目が
見えていたのよ」
「1人で帰れないじゃなくて、もう中学生な
んだし、頑張って1人で帰れるようになりな
さいよ」
祥恵は、ゆみに言ったが、結局ゆみは、1人
では帰れず、それから高校卒業するまで、ず
っと、ゆみは姉の祥恵と帰ることになった。
「お姉ちゃんを待ってる」
その日の放課後も、ゆみは、姉の祥恵がバス
ケ部から戻って来るまで、教室で1人自習し
て待っていた。
「お勉強してるから大丈夫」
「ゆみは、今日どうする?」
放課後、祥恵が、ゆみに聞いた。
「私は、これからバスケ部の練習があるんだ
けど、ゆみだけ先に帰る?」
「待っている」
ゆみは、祥恵に答えた。
「待っているって、バスケ部終わるまで、ず
っと待っているつもり?」
ゆみは、祥恵に頷いた。
「1人で帰れないもん」
「1人で帰れないって、あんたは」
「でも、シャランちゃんとかケニアからベン
ツの注文をもらっていた気するけど」
「そうだよな」
つい最近、スリランカ人の営業担当が、うち
に届いたオファーメールをきっかけにケニア
の石油会社から受注して、ベンツを何台かケ
ニアに輸出していた。
「シャランは、おまえの取ったオファーメー
ルでしか営業していないものな」
社長は、ゆみに頷いた。
「どうしたものかな」
「うちの会社に来るオファーメールは良くな
いものが多いのか?」
今井ゆみは、社長室に呼ばれて質問された。
「そうなんですか?」
「そういう風に言っている人が営業にいるん
だけど・・」
社長にそう聞かれたが、毎日届くオファーメ
ールをプリントアウトすると、そのまま営業
担当の人たちに手渡してしまっているだけの
今井ゆみには質が悪いのかどうか判断できな
かった。
もし彼が、今井ゆみが集めていたオファーの
海外バイヤーの質が悪いと言ってくれなかっ
たとしたら、今井ゆみが実際の中古車輸出業
の実務に関わることも無かったであろう。
そしたら、中古車輸出業の実務のことは何も
わからず、お姉ちゃんがプリンセストレーデ
ィングを起業してくれた時も、お姉ちゃんに
自動車を日本の市場から探し出す方法も、船
積み方法や車の輸出手続きを聞かれても、ど
うやったら良いのかを全く答えられなかった
ことだろう。
「え、なんでよ!私が悪いの?」
今井ゆみは、ラオス人の彼の言葉にはじめは
ちょっと悔しくもあったけど、この事がきっ
かけでホームページのデザインだけしている
のではなく、実際に海外バイヤーと交わり、
中古車輸出業の根幹である中古車輸出業の実
務にまでこだわれるようになれたのは、彼に
感謝でした。
「そんなに質が悪いのかな」
「そう言う人がいるんだけどな」
社長は、今井ゆみに告げた。
「ゆみちゃん、おまえの取って来るオファー
メールは質が悪いのか?」
社長は、今井ゆみに聞きました。
そして、今井ゆみは、オファーを出してくれ
た海外バイヤーとも深く関わるようになって
彼らの自動車を日本の市場から探し出し、実
際の船積み、ブッキングなどをして、車の輸
出手続きを行い、彼ら海外バイヤーの国の港
へと自動車を届ける中古車輸出業の実務にま
で関わるようになったのでした。
「そんなことないと思うけど」
「うちの会社に来るオファーメールの質が悪
いのかもしれないです」
ラオス人の彼は、当社宛てにオファーを出し
てくる海外バイヤーは、そんな真剣に日本か
ら自動車を買う気もなく、なんとなく冗談半
分でオファーを出していたり、いたずらやス
パム的にオファーを出してきているのが多い
のではないかと社長に伝えました。
彼のこの言葉がきっかけになって、本来はウ
ェブデザイナーだった今井ゆみが、実際の営
業にも携わっていくようになりました。
他にも、日本の中古車を輸出している人はた
くさんいるのだから、その中でおまえから買
うと気持ち良く商談が進められると思っても
らえたら、その海外バイヤーは、おまえから
車を買ってもらえるんだぞ。
社長は、ラオス人の営業スタッフに熱を入れ
て指導しています。
「車の注文を取るのも大変よね」
今井ゆみは、マグコップのお茶を飲み、キー
ボードの操作しながら、社長室から聞こえて
くる2人の会話を聞いていました。
「先週、ゆみちゃんから配られたケニアとの
商談の話はどうなったんだ?」
彼は、日本の大手中古車販売店で販売員をし
ていたのだが、どうしても国内でなく世界へ
中古車輸出をしてみたいと横浜の貿易会社へ
転職してきたのだ。
「そんな返事の書き方では相手から返ってこ
ないに決まってるだろう」
社長は、ラオス人の彼に言った。
「もっと相手のことを考えて、思いを込めて
メールを書いてあげないと返事も来ない」
「どうして商談が進まないんだ?」
社長室内から社長がラオス人の営業スタッフ
に激を飛ばしている声が聞こえてきます。
彼は、日本の中古車店で販売スタッフとして
働いていたのだが、中古車オークション会場
で社長と知り合い、中古車の輸出販売がやっ
てみたいと直訴して、ゆみたちの働く横浜の
貿易会社に転職したのだった。
転職をして、もう3ヶ月になるというのに、
未だに自国のラオスはもちろん、その他の国
々からも注文を1件も取れていなかった。
今井ゆみは、ウェブデザイナーなので、実際
の海外バイヤーとの商談には、直接関与して
いません。
その日のオファーを振り分け終わると、後は
翌日以降のオファーを取るためにサイトの構
築、SNS運用などの作業に従事します。
「どうして商談が進まないんだ?」
今井ゆみは、明日以降の海外バイヤーからの
オファーも、今日来た海外バイヤーからのオ
ファーのようにたくさん来るようにとホーム
ページの更新作業をしていた。
今井ゆみは、各営業担当者たちに本日の海外
バイヤーからのオファーを配り終えて、マイ
カップのミルクティーを飲みながら、自分の
デスクで少しホッとしていました。
「このオファーからメールしていくか」
毎日、横浜の貿易会社宛てに届くたくさんの
海外バイヤーからのオファーは、それぞれ割
り振られた各営業担当者たちと海外バイヤー
の間で車の商談が進められて、見積もり、入
金、車の仕入れ、船積みと取引が進められて
いきます。
この各国のバライエティ豊かな外国人スタッ
フたちが、後に中途採用されてくる小倉まな
みと社長との間で経営方針の相違が表面化し
てくるきっかけになってくるのですが。
今は、その事は置いておきましょう。
今井ゆみは、国際色豊かなスタッフたちにオ
ファーを振り分けていました。
「はい、今日の届いたオファーです」
「ありがとう」
今井ゆみから配られた海外バイヤーからのオ
ファーを基に、商談を進めていきます。
今井ゆみは、毎朝出社すると、まずはその日
に、自動車の海外バイヤーから届いた車のオ
ファーをチェックします。
チェックした車のオファーは全て、会社のプ
リンターでプリントアウトして、営業担当者
向けのバインダーに挟んで各輸出担当者たち
に配ります。
横浜の貿易会社には、十数名前後の営業担当
者がいます。日本人スタッフだけではなく、
アフリカやスリランカ、中東アジアなど各国
のスタッフが働いています。
「隆は、明日横浜マリーナへ行くんだし、そ
ろそろ寝る?」
「そうだね」
「じゃ、私は、弟の部屋のベッドメイクして
くるね」
「いいよ。そのぐらい自分で出来るから」
隆は弟の部屋に1人で行った。
「あんたも、一緒に行ってみてあげなさいよ
「うん、わかっている」
麻美子は、隆の後を追っかけた。
「あの2人、何かきっかけがあればね」
「だいたい、俺には、渋谷に自分の会社があ
るのに、サンフランシスコに赴任できるわけ
ないじゃん」
隆が、麻美子に返事した。
「それは、まあ、そうね」
「サンフランシスコはともかく、中目黒から
渋谷へ通うことは出来るわよ」
麻美子の母親が、棚の中の食器をチラつかせ
ながら、隆に言った。
「お母さん!」
麻美子は、自分の母に苦笑していた。
「だから、隆ってそうなの?」
麻美子が、再度隆に聞いた。
「え、何が」
「だって、サンフランシスコに赴任させても
らえたり、高級食器もらえたりって話すから
お礼を言っただけなんだけど」
「あ、それだけね」
麻美子は、ホッとしたように呟いた。
「お礼なんか言うから、その、隆が私と結婚
したいのかと思ったわよ」
「そういうのじゃないよ」
「ここの棚に入っているものは、ヨーロッパ
から取り寄せたとっても良い食器なのよ」
「お母さんも、変なこと言い出さないでよ」
麻美子は、自分の両親たちに苦笑していた。
「ね、見て」
麻美子の母は、食器を1個手にとると、隆に
見せた。
「良い食器ですね」
「でしょう、隆さんにあげてもいいわよ」
「ありがとうございます」
隆は、麻美子の母親にもお礼を言った。
麻美子の父は、しきりに隆のことを自分の貿
易会社に誘いたがっていた。
「お母さんも、隆くんが、うちの麻美子と
一緒になってくれたら、中目黒の実家にあ
るもの全部、隆くんに譲ってしまうわ」
麻美子の母は、キッチンにある高級な食器が
飾ってある棚の中を眺めながら、隆に話しか
けていた。
「ありがとうございます」
隆は、麻美子の母親にお礼を言った。
「え、隆ってそうなの?」
「そうなんだ。サンフランシスコっていうの
は、ヨットマンには羨ましい環境だよな」
隆が、麻美子の話に答えた。
「隆くんが、うちの会社で貿易商になってく
れると言ってもらえるなら、こいつの弟なん
て、すぐに辞めさせて、サンフランシスコ店
の支店長に昇格させるけどな」
麻美子の父が、隆に言った。
「お父さん、隆が返事に困るようなこと言わ
なくていいのよ」
麻美子は、父の言葉に咳き込んでいた。
「だってよ」
「別に良いんじゃない」
麻美子は隆に答えつつ、父にも答えた。
「そうなんだ。少し前に、LINEで弟と話
した時に、私が隆の買ったヨットに毎週末乗
っているって話をしたんだ」
麻美子は言った。
「そしたら、ヨットなんてサンフランシスコ
じゃ、周りじゅう海に囲まれていて、あっち
こっち走っているから全然珍しくないんだっ
てさ」
「次の海の日の三連休も、あなたたちは、ヨ
ットでお出かけするの?」
「そのつもりだよ」
麻美子は、自分の母親に返事した。
「まあ、次の三連休はヨットで出かけてもい
いけど、その後の週末は、仕事で弟が日本へ
帰ってくるぞ」
麻美子の父は、姉である麻美子に伝えた。
「それじゃ、再来週は泊まれませんね」
「隆さんは、麻美子の部屋に予備ベッド持
っていって、そこで寝たら良いわよ」
隆は、普段、会社がある平日は、ここではな
く渋谷の自分の家で過ごしていた。
麻美子の母にとっては、隆とは、週末の休日
しか会えないので、今夜は中目黒の家で過ご
してほしかったようだ。
「これから、夜道を走って横浜まで向かうの
も面倒だし、明日の朝でいいか」
「隆が、それで良いなら、私は別にどっちで
も良いけどね」
麻美子は、取ってきた鍵を元あった場所に戻
しながら、隆に返事した。
隆は、麻美子の母親が作ってくれた夕食を食
べた後で、麻美子家の皆とリビングでゆっく
りしているときに、麻美子へ話しかけた。
「別に良いけど」
麻美子は、クローゼットに置いていたエステ
ィマの鍵を取ってきつつ、隆に返事した。
「夜のドライブにでも出掛けちゃおうか」
「何も、こんな真っ暗になってから横浜まで
車を出さなくても良いんじゃないの」
麻美子の母親は、夜中に横浜まで出かけよう
としている2人に声をかけた。
「確かにそうでした」
隆は、麻美子の母親に答えた。
「そういえば、車屋さんで、麻美子って俺の
奥さんとかって呼ばれてなかった?」
「うん。隆と出かけると、いつも言われるこ
とだから一々訂正しなかった」
麻美子は、隆に言った。
「夕食にしましょうか」
麻美子のお母さんが、皆を呼んだ。
「どうせなら、今夜のうちにマリーナに行っ
て、ラッコの船に泊まらないか」
「それじゃ、早速、明日の日曜日は、隆社長
を横浜マリーナまでお送りするために、買い
換えたばかりの自動車で、お家までお迎えに
行きましょうか」
「頼む」
隆は、腕組みをしながら麻美子に答えた。
「社長さん、明日は別に渋谷までお迎えに行
かなくたって、隆さんが空いている弟の部屋
のベッドで泊まっていけば良いじゃないの」
麻美子の母親が、2人の会話に割って入って
言った。
「なんなら、ここから会社に行く時も、この
車で渋谷に立ち寄って、秘書だけじゃなく、
俺の運転手もしてくれないかな」
麻美子は、隆の話を聞いて、思わず吹き出し
てしまっていた。
「隆って、前にも会社で運転手が欲しいって
言っていたものね。うちから渋谷まで東横線
で帰るって話よりも、私に運転手をやってく
れっていう方が話のメインでしょう」
隆の考えていることをズバリと当ててしまっ
ていた麻美子だった。
「お母さんも、お父さんも、もう車の運転し
ないし、ここに置いておくのは別に良いと思
うんだけど、ここから自分の家の渋谷に帰る
とき、隆はどうするのよ」
「俺は、ここからなら中目黒駅から東横線で
帰れるし。麻美子に家まで送ってもらっても
良いし」
隆は、麻美子に提案した。
「麻美子って、うちの会社で俺の秘書をして
くれているじゃない」
「そうね」
「運転しやすい?」
「うん。オートマだし、周りの見晴らしも良
いし、ぜんぜん楽に運転できたよ」
麻美子は、隆に聞かれて返事した。
「あのさ、渋谷の俺のうちのマンションの駐
車場ってけっこう駐車料金高いじゃない」
「そうね」
「この車って、今までの車より屋根高めだし
立体駐車場に入るかどうかもわからないし、
麻美子の家のここのガレージに置いておいた
らダメかな」
「これが座席数もサイズ的にも良いかもよ」
「麻美子が良いなら、俺はなんでもいいよ」
結局、今の隆の車を、その古いエスティマに
買い換えることになった。
隆の乗っていた車は、まだ購入したばかりの
新しい車だったので、その車を売却すると、
古いエスティマが余裕で買えてしまった上に
お釣りまでもらえてしまっていた。
買い換えたばかりのエスティマには、中古車
屋から麻美子の家まで、運転下手の隆でなく
麻美子が運転して帰ってきた。