「ヨットのスピードが速すぎるから」
隆は、2人に説明した。
「このスピードで走っていたら、魚が食いつ
きたくても、糸が速すぎて、魚が追いつかな
いもの」
「そうなんだ」
陽子は、隆に言われて釣るのを諦めた。
瑠璃子の方は、それでも釣れるかもと、まだ
夢中になって釣りを続けていた。
「足の速い魚がいるかもしれない」
「ヨットのスピードが速すぎるから」
隆は、2人に説明した。
「このスピードで走っていたら、魚が食いつ
きたくても、糸が速すぎて、魚が追いつかな
いもの」
「そうなんだ」
陽子は、隆に言われて釣るのを諦めた。
瑠璃子の方は、それでも釣れるかもと、まだ
夢中になって釣りを続けていた。
「足の速い魚がいるかもしれない」
隆は、麻美子に言った。
「香代ちゃんの方が、私よりもヨット上手に
なったね」
麻美子は、香代の頭を優しく撫でた。
船尾では、さっき覚えたばかりのトローリン
グの糸を引いたり出したりして、瑠璃子と陽
子が夢中になって釣りに精を出していた。
「たぶん、もう魚なんて釣れないよ」
隆は、2人に言った。
「どうして?」
「エンジンカット!」
隆は、エンジンを停止して、ラッコは風の力
だけで走り始めていた。
「香代ちゃんって、隆に言われる前に、風が
吹き始めていたこと気づいていたの?」
香代は、麻美子に頷いた。
「私、風が吹き始めたなんて、ぜんぜん気づ
かなかったわよ」
「もう麻美子なんかよりも、香代の方がセー
リングのテクニックわかってきているよ」
「2人に言って、ジブセイルを出してもらえ
ば良いんだよ」
隆が、香代に助言した。
そう言うと、隆は、自分でジブセイルのファ
ーリングロープを緩めてから、麻美子と雪に
ジブシートを引っ張るように指示を出した。
「ジブを引いて!」
麻美子と雪がジブシートを引いた。
ラッコは、ジブセイルを出した途端、風を受
けて、走り始めていた。
「そんなこと言われても、まだ風が吹いてき
ているのかどうかなんてわからないよね」
麻美子が、香代に聞いた。
「風が吹いてきてたし、ジブセイルは出し
たかったんだけど、ラットを握っていて手
が空いてなかったから出せなかったの」
香代が、麻美子よりもしっかり風や海況を的
確に読みながら、答えていた。
「そういう時は、こっちでヒマそうに乗って
いる麻美子と雪がいるんだろう」
陽子と瑠璃子は、隆から教わったトローリン
グの釣り方をいろいろ糸を引いたり出したり
工夫しながら研究していた。
「あれ、風が吹いてきているじゃん」
隆が言った。
「いつまでも、機帆走で走っていなくても、
風が吹いてきたらジブセイルも出して、セー
リングで走っても良いんだぞ」
隆は、ラットを握っている香代に言った。
「ジブ出したかったけど」
隆が取り出した釣り道具は、いわゆる釣り竿
に餌や浮きが付いているものでなく、赤いお
もちゃの飛行機が長い釣り糸にぶら下がって
いるものだった。
「これを、船の船尾から流すんだよ」
隆は、陽子にトローリングの釣り方を実演し
てみせながら説明した。
「え、何それ?どうやって釣るの?」
隆と陽子がやっているトローリングに興味を
持って、近づいてきたのは、瑠璃子だった。
「陽子、釣りでもしようか」
朝ごはんを食べ終わった隆は、横に腰掛けて
いる陽子に声をかけた。
「釣り?」
「うん。釣りしてみよう」
隆は、陽子と一緒にキャビンの中に入ると、
パイロットハウスの床板を開き、床下にしま
ってあった釣り道具を取り出した。
「これ、どうやって使うの?」
「飛行機というトローリング用の釣り竿さ」
「もう食べ終わったのか、それじゃ代わって
もらおうかな」
隆は、ラットを香代と交代した。
ラットから解放されたので、隆も皆と朝ごは
んを食べ始めた。
ラッコは、新島と式根島の間の狭い航路を越
えて、広い海域に出た。
「どっち?」
「右方向よ」
瑠璃子がGPSを確認して、香代に言った。
「皆が、船酔いに強いのは、船長としても、
助かるよ」
隆は言った。
「誰か1人に船酔いされて、デッキ上でマグ
ロになられると、その介抱するだけで、介抱
される側もそれなりに疲れちゃうからね」
「それはあるかもね」
陽子は、隆に返事した。
「ラット、代わりたい」
朝ごはんを食べ終わり香代は、隆に言った。
「私も、ぜんぜん船酔いらしきものには、ま
だ一度もなったことないな」
瑠璃子も隆に答えた。
「みんな強いのね、私、たまになんだけど船
酔いすることあるよ」
麻美子は、皆に伝えた。
「でも、麻美子も船酔いしてもう動けないっ
て程には、なったことないよな」
「そこまでは、さすがに船酔いしてない」
麻美子は、隆に答えた。
デッキのテーブルに並べられた朝ごはんを皆
で頂いていた。
「うちのヨットってさ、誰もヨットで船酔い
する人がいないんだな」
隆は、元気に朝ごはんを食べているクルーた
ちを眺めて呟いた。
「私、ヨットに乗る前は、船酔いするかもっ
て思っていたんだけど、乗ってみたら、船酔
いのフの字もしないから自分でも驚いた」
陽子が、隆に返事した。
「それじゃ、急いで出港準備をしよう!」
朝ごはんは、海に出てから海上で食べること
となった。
新島港を出港して、沖合いでメインセイルと
ミズンセイルを上げると、機帆走で新島と式
根島の間の狭い海域を通り抜けて、三宅島を
目指す。
ギャレーで朝ごはんを作り終わった麻美子と
香代、瑠璃子がお盆にのせた朝ごはんを持っ
て、デッキに出てきた。
「まあ、式根も高校生とか多いだろうし」
「うわっ」
陽子も、瑠璃子も、香代でさえも、ちょっと
げんなりって感じだった。
「式根は、もう目の前に見えているあの島だ
けど、三宅島は少し距離あるから、到着まで
少し時間はかかるけど、三宅に行くか」
皆は、隆に頷いた。
「三宅なら少し早めに出航しよう」
隆が言った。
「そうですね、確かに式根に渡るよりは、三
宅の方が船の数も空いていそうですけどね」
隆は、周りの皆の顔を眺めた。
「どうする?どっちに行きたい」
「空いている方が良いんじゃない」
麻美子が言った。
「式根の街中も、こんな感じだものな」
中村さんが、新島の街を指差した。
「え、式根の街中もあんな感じなの」
陽子と麻美子が、聞き返した。
「隆くん、今日だけど、式根ではなく三宅島
に行かないか」
散歩から戻ってきた隆に、アクエリアスの中
村さんが提案した。朝、起きたときに麻美子
から聞いていた話と同じだった。
「良いですけど、今からだと、三宅までここ
からでもけっこう距離ありますけど」
「でも、夕方、暗くなるまでには、到着でき
でしょう」
中村さんが、隆に言った。
「さすが、目黒区民!」
隆が、麻美子に言った。
「隆の方が渋谷区の住民じゃないの」
「俺は、エセ渋谷区民だからね」
隆が、麻美子に答えた。
「そうなの」
「ああ、大学の時に、渋谷へ出て来ただけだ
からね。麻美子は、昔からの、生粋の中目黒
住まい」
隆が言った。
「でも、渋谷にあるよりも、ここにある方が
ぴったりで似合っているよね」
モヤイ像が何個も並んでいた。
「渋谷のモヤイ像も、新島から来たのよ」
麻美子が、瑠璃子に説明した。
「そうなの?」
「そうよ、新島の観光キャンペーンで、同じ
東京都の新島から来て、渋谷に飾られている
のよ」
「そうなんだ、知らなかった!」
「いやいや、不満で炎上しちゃうって」
瑠璃子は、少し照れて麻美子に返事した。
「ほら、モヤイ像」
天然の温泉からさらに先へと道路を登ってい
と、見晴らしの良いところに出た。
「イースター島じゃないけど、新島にもモヤ
イ像があっちこっちにあるんだよ」
隆が新島の観光案内をしていた。
「新島にモヤイ像があるのおもしろいね」
雪が言った。
「足湯なら良いかもね」
「あ、そうよね。足湯か水着を着て入浴する
温泉だよね」
瑠璃子も気づいた。
「当たり前だよ!あの辺でセーリングしてい
るヨットから瑠璃子の全裸まる見えじゃない
かよ」
隆が、海上を指差した。
「瑠璃ちゃんの裸なら可愛いし皆大喜びよ」
麻美子が言った。
「海水だから、やや塩っぽいけど温泉だから
無料で入浴できる温泉にはなるよ」
隆が、麻美子に答えた。
「でも、見晴らし良いから、海から見ている
人にまる見えだね」
「さすがに、ここでは水着を着て入浴する人
が多いでしょう」
全裸で入浴するつもりでいた瑠璃子に、雪が
答えた。
「足湯で入れば良いじゃん」
新島や式根島には、海中から温泉が吹き出し
ているところが何箇所もあった。
「本当だ!温かい!」
陽子が、水たまりに手を突っ込んでみて感想
を、隆に話した。
それを見て、他のメンバーたちも、水たまり
の中に手を突っ込んで、お湯の温度を確かめ
ていた。
「ここならば、無料で温泉に入れるの?」
麻美子が、隆に聞いた。
漁港の入り口から出ると、昨日散歩した街の
中心街とは別方向に歩き出した。
沿岸沿いの道を島の上の方に向かって、のん
びりと歩いていく。
「なんか、水たまりがあるよ」
登り坂を上がっていくと、岩場に囲まれたと
ころに水が溜まっていた。
「天然の温泉だよ」
隆は、瑠璃子に答えた。
「温泉なんかあるの?」
「麻美子は、十分におばさんなんだし、メイ
クしてないのってヤバいんじゃないの」
隆が、麻美子に言った。
「そうね。広いツバの付いた帽子を被ってい
るから大丈夫よ、おじさん」
麻美子は、隆に言い返した。
「おじさんも、帽子をちゃんと被ってね」
麻美子が言った。
「日焼けすると、癌になるからね」
麻美子は、隆にも帽子を被せた。
「麻美子だって、新島の島にはまだ来たこと
ないでしょう。島巡りしてこようよ」
「そうね」
隆に言われて、麻美子も、散歩するために皆
とラッコから岸壁に降り立った。
「私、まだメイクも何もしていない」
瑠璃子が、陽子と話していた。
「まだ若いし、メイクなんてしなくても大丈
夫よ。私だってまだ何もしていないし」
麻美子が言った。
麻美子は、1人でギャレーに残って、朝ごは
んを作っておこうかと思っていた。
「麻美子も一緒に、お散歩行こうよ」
隆は、皆とラッコのキャビンを出ながら、ギ
ャレーの麻美子に声をかけた。
「皆が戻って来たらすぐ食べられるように、
朝ごはん作っておいた方が良いでしょう」
「朝ごはんは、お散歩から戻ってきてから、
皆で作れば良いよ」
隆は、麻美子に言った。
隆たちは、ベッドから起き上がると、アフト
キャビンの部屋から出た。
「おはよう、朝ごはん作るね」
フォアキャビンで寝ていた雪も、ダイニング
で寝ていた陽子と瑠璃子も、もう既に起きて
キャビンで寛いでいた。
「朝ごはんの前に、ちょっと朝の散歩にでも
出かけてこないか」
「それじゃ、皆が帰ってくるまでの間に、私
が朝ごはんを作っておくね」
「だから、私は飲んでいないって」
どうしても飲んでいたことにしたがっている
隆に、麻美子が言った。
「そうだ、今日だけどさ、新島じゃなくて、
三宅島に行こうって話だったわよ」
「三宅島?」
隆は、麻美子に聞き返した。
「中村さんたち、アクエリアスの人たちが話
していたのよ」
麻美子が、隆に伝えた。
隆は、昨夜、雪やアクエリアスの人たちとお
酒を飲んでいた麻美子に聞いた。
「え、私あんまりお酒は飲んでいないわよ」
麻美子が、隆に答えた。
雪は、中村さんやアクエリアスのメンバーた
ちと一緒にお酒を飲んでいたみたいだったが
麻美子は、話に加わっていただけで、そんな
にはお酒を飲んではいなかった。
「今日は新島から式根島に移動するけど、皆
とセーリングできる?」
「おはよう!」
朝、隆はアフトキャビンのバースで目が覚め
て、横に眠っている麻美子に声をかけた。
「おはよう!」
麻美子からではなく、2人の間で寝ていた香
代から先に返事が返ってきた。
「おはよう」
少し遅れて、一番奥側に眠っている麻美子か
らも返事があった。
「2日酔いですか」