ゆみには、輸出部門のホームページを作るこ
ととは別に、もう1つ育成部門の受講生たち
のホームページを作るという仕事もあった。
育成部門のオンライン通信教育で受講してい
る受講生さん達にだって、これから中古車輸
出業者として独り立ちしていかなければなら
ないから、海外バイヤー向けの英語ホームペ
ージは必要になってくる。
そんな彼らの英語ホームページも、ある程度
の英語は帰国子女でわかるゆみが担当し、制
作してあげていた。
ゆみには、輸出部門のホームページを作るこ
ととは別に、もう1つ育成部門の受講生たち
のホームページを作るという仕事もあった。
育成部門のオンライン通信教育で受講してい
る受講生さん達にだって、これから中古車輸
出業者として独り立ちしていかなければなら
ないから、海外バイヤー向けの英語ホームペ
ージは必要になってくる。
そんな彼らの英語ホームページも、ある程度
の英語は帰国子女でわかるゆみが担当し、制
作してあげていた。
営業担当者たちは、それらの海外バイヤーへ
の返信、商談も進めつつも、既に受注済みの
海外バイヤーの自動車を仕入れたり、船積み
の手配もしなければならない。
海外バイヤーたちは、会社の英語向けホーム
ページから車のオファーを出してくるため、
横浜の貿易会社が売上げを順調にあげていく
ためには、ゆみの作っている、運営している
ホームページが重要になってくる。
「少しハイエースの掲載増やそうかな」
ゆみは、ホームページの構成を考えていた。
「今日のオファーは27件だから5件ずつ」
ゆみは、その日届いた海外バイヤーからのオ
ファーを輸出部門の営業担当者たちに振り分
けていた。
営業担当者たちは、その日振り分けられたオ
ファーに対して、メールで返信する。
5件ぐらいのメール返信なら、すぐに終わっ
てしまうと思うかもしれないが、処理しなけ
レバならない海外バイヤーは、当日届いた分
だけではない。前日に出した分やその以前に
返信した分からも届いていたりする。
「うちのヨットには、どんな生徒さんたちが
振り分けられるのかな」
麻美子は、自分が呼ばれるのを待ちながら、
考えていた。さっき、ロープの結び方がよく
わからずに私が教えてあげた女の子って素直
で可愛かったし、あの子がうちのヨットに振
り分けられるといいな。
「ラッコさーん」
教壇のマリーナ職員に呼ばれた。
「はーい」
麻美子は、慌てて教室前方へ移動した。
マリーナ職員は、ウララに振り分けられる生
徒さんたちの名前を呼び、呼ばれた生徒さん
たちも教室の前方に移動して、これからお世
話になるヨットのオーナーさんと対面した。
「皆さん、若い男性ばかり」
レース艇のウララに振り分けられる生徒さん
たちは流石に皆、若くて力のありそうな男性
たちばかりであった。
「それはそうよね、あのヨットだし」
麻美子は、ウララの船内に置いてあったバケ
ツのトイレのことを思い出していた。
「それでは、生徒さんたちを振り分けます」
マリーナ職員が皆に伝えた。
「自分の船の名前が呼ばれたら、オーナーさ
んは教室の前方に出てきて下さい」
教壇の先生に代わってマリーナ職員が、教室
の後ろの方に集まっていたヨットのオーナー
さんたちに声をかけた。
「ウララさーん!」
「はーい」
先生に呼ばれて、オーナーの松浦さんは、教
室の前方に移動した。
「そのバケツはあまり触れない方が良いよ」
「そうなんですか?」
「うちの皆のトイレだから」
松浦オーナーは、麻美子に苦笑していた。
トイレの用だって、扉も何もない、ちょっと
した仕切りの影へバケツを持って行って、そ
こで済ませてくるのだと説明してくれた。
「私、ウララには乗れないわ」
「まあ、そうだろうね」
松浦オーナーは苦笑していた。
麻美子は、その時のことを思い出していた。
麻美子は、以前、ウララの船内を覗かせても
らった時、速く走れるようにと船体を軽くす
るため、ほぼ何もない空っぽの船内に驚いた
ものだった。
パイプベッドが両サイドに4個備え付けられ
ており、カセットガスコンロ1個とバケツが
置いてあるだけの船内を見せてもらったこと
があった。
「え、これがトイレなんですか」
ただの青いバケツがウララのトイレで、そこ
へ用を足して海に流すのだそうだ。
「松浦さんのところも、生徒さん取られるの
ですか?」
麻美子は、この冬の間ずっとヨットへ乗りに
来ていて、すっかり顔見知りになってしまっ
たウララの松浦オーナーに話しかけた。
「うちのヨットは、若い男性クルーがいない
と走らせられないヨットだから」
ウララは、隆の乗っているラッコのヨットと
は、まるっきり違うタイプのヨットで、ヨッ
トレースで速く走ることだけに特化して造ら
れているヨットだった。
隆は、午前中、セーリングをして来たヨット
の後片付けで忙しそうだった。お昼ごはんの
後片付けを終えた麻美子は、隆に提案した。
「よろしく頼むよ」
ヨットのセイルを折りたたんでいた隆は、黙
って麻美子に頷いた。
麻美子がクラブハウスに行くと、他にも多く
のヨットオーナーさんたちが生徒たちのこと
を迎えに来ていたのだった。
その中に、麻美子が最近知り合ったウララの
松浦オーナーの姿もあった。
お昼、ヨットで海に出航して昼過ぎにマリー
ナへ戻って来て、キャビンでお昼を作って、
デッキで昼食を食べているときも、麻美子は
隆にそのことを伝える機会を逃していた。
「そろそろ各艇に生徒さんたちを振り分けま
すので、オーナーさんはクラブハウスの方へ
お集まり下さい」
マリーナの職員さんが、各艇のオーナーさん
に伝えていた。
「生徒達を迎えに行くの私が行こうか」
麻美子は、忙しそうにしている隆に言った。
あんなに大勢の生徒さんたちがヨットに乗り
に来てくれるのだったら、来週からは別に私
が隆と一緒にヨットへ来なくても、隆もさみ
しくないわねと麻美子は思っていた。
「来週からは、私がヨットに来なくても、い
っぱい人いるし大丈夫だよね」
麻美子は、隆にそう伝えようと思いつつも、
ずっと言い出せずにいた。
午前中、ヨットで海に出航して、いつもの貯
木場には立ち寄らずに、昼過ぎにはマリーナ
へ戻って来て、お昼を食べていた。
今朝の横浜マリーナは、随分と人が多く騒が
しかった。
今日から今年のクルージングヨット教室が始
まるので、マリーナにはヨット教室に参加す
る生徒さんたちがいっぱい集まって来ていて
いつもは静かなマリーナの敷地内が若い人た
ちのお喋りする声で騒々しかった。
生徒たちの間をかき分けて、麻美子は隆と一
緒に自分たちのヨットへ向かった。
「夕方から生徒たちの引き渡しだから、午前
中少しだけ海に出て帆走してこよう」
「俺らも、来週からあそこに停まっているど
れかのヨットに乗れるんだよな」
前の席の男性が、ロープワークの練習しなが
ら、横にいる仲良くなった彼と話していた。
香代は、彼の話を聞きながら、このお姉さん
もヨットのオーナーさんで、生徒のことを迎
えに来ているんだろうなと思った。
「私は、このお姉さんのヨットに振り分けら
れると良いのにな」
香代は、お姉さんにロープの結び方を教わり
ながら考えていた。
教室に集まって来たおじさん、おばさんたち
は、ここのマリーナにヨットを停泊している
オーナーさんたちで、ロープワークの実習が
終わったら、生徒たちは、彼らのヨットに振
り分けられる予定になっていた。
「隆!私が生徒さんたちを迎えに行って、後
で、そっちに連れて行くね」
「わかった!頼む」
ストレートの長い髪のお姉さんは、教室の窓
から見えるヨットのデッキで作業している男
性に声をかけていた。
初めて教わるヨットのロープワークに、生徒
たちは皆、ロープ結びに苦労していた。
教室の先頭にいた先生だけでは、生徒たち皆
のロープワークを見てあげられず、集まって
来たおじさん、おばさんたちも生徒たちのや
っているロープワークをそれぞれ手伝ってい
たのだった。
「上手に結べるようになれたじゃないの」
香代は、ストレートの長い黒髪のお姉さんが
すっかり気に入ってしまって、彼女に全て教
わってしまっていた。
「そっちは、こうやって下から通すと、うま
く結べるわよ」
ストレートの長い黒髪のお姉さんは、香代に
優しく結び方を教えてくれた。
香代が気づくと、午前、午後の座学の間は、
教壇の先生とヨット教室の生徒たちしかいな
かった教室に、他にもたくさんのおじさん、
おばさんたちが集まって来ていた。
香代が、髪の長いお姉さんにロープワークを
教わったように、教室の周りに集まって来た
人たちも、生徒達に結び方を教えていた。
座学の講習は、教本を片手に先生の話を聞い
ていて、だいたい内容を理解できていた香代
だったが、いざロープワークの実習になると
なかなかうまくロープを結べずにいた。
「うまく結べる?ヨットのロープの結び方っ
て本当に難しいよね」
香代がロープの結び方で苦労していると、そ
れを後ろで眺めていた長いストレートの黒髪
を胸の辺りまで垂らしたお姉さんが香代に話
しかけてきてくれた。
「そうそう、そこは上から通すのよ」
香代は、あまりお腹も空いていなかったし、
バッグの中に持ってきたグミの袋を開けて、
それをつまみながら、午前中に教えてもらっ
た座学の内容を1人机で復習していた。
「午後の授業を始めましょうか」
教壇に先生が戻ってくると、午後の座学が始
まった。
午後は、1時間ぐらい教壇の先生の話す座学
を聞くと、その後は、生徒たちそれぞれに短
い長さのロープを3本ずつ配られて、そのロ
ープを使って、ロープ結びの実習になった。
いつも学校の授業の成績もわりと優等生だっ
た香代は、初めて聞くヨットの知識でも教本
の内容を読みながら、座学の先生の話を聞い
ていると殆どの内容を理解できた。
「それでは、お昼休憩にしましょう。午後は
1時から始めます」
午前の座学の授業が終わって、教壇の先生も
お昼を食べに教室を出ていった。
生徒たちも、それぞれ教室を出て、近くのス
ーパーに行って、お昼の弁当などを買ってく
ると、マリーナの敷地内で食べていた。
周りの人たちが隣の席の人たちとおしゃべり
をしている姿を眺めながらも、香代は眺めて
いるだけで話しかけられずにいた。
「それでは、座学を始めます」
50代ぐらいの先生が教室の先頭で挨拶をし
て、ヨット教室の座学が始まった。
「座学で使う教科書を配りますね」
まず最初に、コピー機でプリントされた教本
が生徒たちに配られた。香代のところにも教
本が配られて、香代は教本を読みながら、教
壇の先生の話に耳を傾けた。
後ろの席から他の受講生たちの姿を観察して
いると、授業が始まるのを待ちながら、周り
にいる同世代の生徒たち同士で仲良くおしゃ
べりをしていた。
お友達同士でヨット教室に応募して来たのか
と思うぐらい仲良くおしゃべりしていたが、
話を聞いていると、みな特にお友達同士って
わけではなく、たまたまヨット教室で一緒に
なった人たちが多いようだった。
「私も、あんな風に話しかけられたらな」
香代は、周りの皆を眺めていた。
香代は、男性スタッフに案内されて、クラブ
ハウスのハウスの表に付いている階段を上が
って、2階の部屋に入った。
クラブハウスの中には、既にこれからクルー
ジングヨット教室を受講しようという人たち
でいっぱいだった。
「すごい人の数」
自分と同じ20代ぐらいの人もいたが、30
、40、50代ぐらいの人もいて、年代は様
々だった。女子と男子では、7:3ぐらいで
女性の参加者の方が多かった。
「大丈夫かな、私」
横浜マリーナの正面には、大勢の人たちが集
まっていた。自分と同じクルージングヨット
教室に参加するために来ていた人たちのよう
だった。こんなに大勢の人たちの姿を見て、
既に、香代の心臓はドキドキしていた。
入り口に立っていた男性スタッフに、クルー
ジングヨット教室の案内ハガキを見せた。
「クルージングヨット教室は、クラブハウス
2階で開催されます」
男性スタッフは、香代に伝えた。
鈴木香代は、短大を卒業後、会社に就職して
OLをしていた。会社では仕事が終わるとす
ぐに家へ直行して、お休みの日もずっと家の
中で過ごしていることが多かった。
そんな性格の香代だったが、なんとなく自分
を変えてみたい、何か新しい挑戦をしてみた
いと考えていた。そんな香代が広報誌で目に
したのが、横浜マリーナで開催されるクルー
ジングヨット教室の生徒募集の告知だった。
ヨットなんて一度も乗ったことがなかったが
教室に応募してみたら当選したのだった。
日曜日の朝、鈴木香代は横浜マリーナにやっ
て来ていた。
中学、高校とも女子バスケット部だったし、
運動は苦手というわけではないのだが、人見
知りで賑やかな場所で過ごすことが苦手だっ
たため、あまり外に出かけることもなく過ご
してきた彼女だった。
「私って、人と話すのがどうしても苦手だな
ヨットでも始めたら得意になれるかな」
そう思って、横浜市の広報誌に載っていたヨ
ット教室に応募してみたのだった。
冬の間ずっと隆と一緒に乗っていたおかげで
いちおう中央の一番背の高いメインセイルと
先頭についているジブセイル、最後部の操縦
席の近くにあるミズンセイルを上げてヨット
を動かすっていうことぐらいは、麻美子でも
理解できるようにはなっていた。
でも、基本的にヨットのことなんて全然わか
らなかった。
「こんな私が、ヨットに乗り続けていても仕
方ないじゃないの」
麻美子は、そう考えていたのだった。
「そうだね。いよいよ、麻美子も先輩クルー
になる日が来たんだね」
「先輩クルーって・・」
隆は、新しくヨット教室の生徒さんが来た後
も、麻美子が一緒にヨットへ乗り続けると未
だに思い続けているみたいだった。
「麻美子が生徒達に教えてやってくれよ」
だが、麻美子自身は、新しいクルーが来て、
隆と一緒に毎週ヨットに乗ってくれるように
なったら、自分はもうヨットに乗るのはやめ
ようと考えていた。
「大学の時、夏休みで一緒に行ったサンフラ
ンシスコ、モントレーの海で見たラッコから
つけたの?」
麻美子は、隆に聞いた。
「まあ、それもあるけど」
ラッコのように海の上でのんびりプカプカ浮
かんでいたいという隆の思いから船名を「ラ
ッコ」にしたのだと説明した。
「先週、隆が言っていた新しいクルーが来る
っていうのは、来週のヨット教室の生徒さん
のことだったの?」
「隆くんのところは、ヨット教室の生徒さん
を取るの初めてじゃないの」
「はい、まだラッコ自体が1月に進水したば
かりのヨットですしね」
隆と市毛さんは、ラッコのキャビンの中でお
酒を飲みながら話していた。
隆のヨット、フィンランド製のナウティキャ
ット33という33フィートのモーターセー
ラー、セーリングクルーザーは、船名をラッ
コといった。
「初の生徒さんか」
あとは、社長と経理を担当している社長の奥
さんというのが、今井ゆみが就職した横浜の
貿易会社スタッフ全てだった。
「シャラン、オファー届いているよ」
今井ゆみは、輸出部門に配属して、会社の海
外バイヤー向けホームページを制作し運用し
ていた。会社のホームページへのアクセスを
増やして、海外バイヤーからのオファーを増
やし、営業スタッフ達が車の注文をより多く
取れるようにしてあげるのが、彼女の仕事、
ミッションであった。
あとは、社長と経理を担当している社長の奥
さんというのが、今井ゆみが就職した横浜の
貿易会社の総メンツだった。
今井ゆみは、輸出部門に配属して、会社に海
外バイヤー向けのホームページを制作し運用
していた。会社のホームページへのアクセス
輸出部門には、日本人の部長1名に海外バイ
ヤー達と商談して車の注文を受ける営業とし
て外国人スタッフが5名、そこへ今井ゆみが
専任のウェブデザイナーとして1名加わった
形だった。
育成部門には、特に部長は在籍しておらず、
3名の日本人スタッフがウェブデザイナーと
して在籍していた。3名全てがウェブデザイ
ナーなのは、中古車輸出業者の育成方法がオ
ンラインによる通信教育を採用しているから
だった。
今井ゆみが就職した横浜の貿易会社には、輸
出部門と育成部門の2部門があった。
今井ゆみが配属となったのは、輸出部門で日
本の自動車を海外のバイヤーへ実際に輸出し
ている部署だった。
一方、育成部門の方は、今井ゆみが配属とな
った輸出部門で実際に行なっている「中古車
輸出業」という職業を応募してきた受講生た
ちに教えている部署だった。
会社が成長していくための輸出部門と将来の
中古車輸出業者を育てる育成部門だ。
横浜マリーナのクルージングヨット教室の生
徒募集は毎年、神奈川県や横浜市の広報誌に
て公募されている。
応募してきた生徒たちは、スクール初日だけ
マリーナのクラブハウスで座学、基本的なヨ
ットの乗り方について職員から学んだあと、
隆たちマリーナにヨットを停泊しているヨッ
トで生徒の受け入れを希望しているヨットに
それぞれ振り分けられて次の週からは各艇の
オーナーさんたちの元でヨットに乗艇し、半
年間ヨットの乗り方を学ぶのであった。
「隆くんのところは、ヨット教室の生徒さん
何人か取るつもりなの?」
「一応、そのつもりです」
隆は、市毛さんに答えた。
隆がヨットを停泊している横浜の公営マリー
ナでは、毎年春に「クルージングヨット教室
」と称して、横浜市民の中からヨットを習い
たいという大人たちを募って、春から秋まで
半年間のヨット教室を開催していた。
生徒たちは、マリーナに保管しているヨット
に乗船して、ヨットを学ぶのだった。
隆たち、横浜マリーナに停泊しているヨット
たちは、お昼の時間になると、そこへやって
来て、もう使われていないプール脇にヨット
を舫うと、そこの台座でお昼ごはんを料理し
皆で食事を楽しんでいた。
このプールが意外に頑丈でしっかりしている
ため、皆でヨットを止めて上陸して楽しむの
には、ぴったりの施設だった。
現在、横浜の貯木場は横浜ベイサイドマリー
ナとして生まれ変わって、イルカのプールは
その沖にオブジェとして舫われていた。
横浜の金沢港沖の貯木場には、木材は浮かん
でいないが、その代わりに昔、横浜で開催さ
れた万博、横浜博覧会の時に使用されていた
六角形のステージ型プールが舫われていた。
博覧会では、プールの中でイルカが飛び跳ね
ていて、博覧会の入場者たちに芸を見せて楽
しませていた場所だった。
「そうですね、来週はヨット教室ですね」
「もう春だものね」
博覧会で使い終わったプールは、役目を終え
て貯木場跡地で静かに舫われていた。
「来週から今年のヨット教室が始まるね」
お昼、隆が自分のヨットを貯木場に入れると
先に泊まっていたフェリックスのヨットのオ
ーナー、市毛さんが隆に話しかけてきた。
貯木場というのは、港内の海外から輸入した
木材などを海上に保管しておく場所のことで
そこの海上には、たくさんの木材が浮かべら
れていた。というのが、本来の貯木場の姿な
のであろうが、ここ横浜の貯木場は、貯木場
跡地みたいなところで海上には流木がちょっ
ことしか浮かんでいなかった。
「麻美子も先輩になるのか」
「先輩クルーって、私、ヨットのことは全然
わからないんだけど」
麻美子は、隆に答えた。
「でも、メインセイルもジブセイルも上げら
れるようになっただろう」
「他に乗ってくれる仲間が増えたら、私はも
うヨットに乗りに来なくても平気よね」
「なんで?」
「なんでって、私が一緒に乗らなくても、隆
は彼らと一緒に乗れば良いでしょう」
横浜マリーナの中を、ヨット専門の暖かいオ
イルスキンを着て歩き回っていると、格好だ
けは一人前のヨットウーマンに見えている麻
美子ではあった。
そして、半年があっという間に過ぎて、季節
は春を迎えて、せっかく初めて隆に買っても
らったヨット用のオイルスキンも着ていると
暑すぎる季節になってきた。
「そろそろ、うちのヨットにも麻美子以外の
クルーも来るようになるから、そしたら、麻
美子も先輩クルーだね」
「こんなに高くないの?」
「いいよいいよ、俺といつも一緒に乗ってく
れているし。麻美子が毎週寒そうに乗ってい
るから暖かく乗ってほしいし」
「隆は、社長さんでお金持ちだものね」
麻美子は、隆の頭を小突きながら、笑顔で笑
った。たまには、隆に甘えて、このぐらいの
もの買ってもらっても良いか。
その7万円もする暖かいオイルスキンを着て
ヨットに乗っていると、寒い冬の海の上でも
暖かく過ごせて快適になった。
麻美子が、街中で皆がよく着ている一般的な
コートで、冬の海のヨットに乗っていると、
それでは寒いだろうと隆が、自分のお金でヨ
ット専門の風を通さない暖かいオイルスキン
を購入してくれることになった。
「これって7万円もするよ!」
中目黒のマリンショップへ買いに行った時、
隆が購入してくれようとしていた暖かいオイ
ルスキンに付いていた値札を確認して、麻美
子は驚いていた。
「どうせならしっかりしたものが良いよ」
「おはよー、麻美ちゃん」
冬の間ずっと毎週のように、横浜のマリーナ
に通っていると、フェリックスの市毛さん以
外にも、横浜のマリーナにヨットを停泊して
いる他のオーナーさんたちともすっかり顔見
知りになってしまっていた。
麻美子は、街中で皆がよく着ている一般的な
コートを着て、冬の海のヨットに乗っていた
「そのコートじゃ寒いだろう。今度、俺が暖
かいコートを買ってやるよ」
「これって7万円もするよ!」
「私、別にクルーではないんだけど」
「もうクルーみたいなものじゃん。俺と一緒
にうちのヨットに乗っているんだから」
それから、寒い冬の間ずっと毎週のように麻
美子は、隆のヨットに乗っていた。
「あんたも一緒に乗ってあげなさいよ」
麻美子は、母から隆が1人で海にヨットを出
していて何かあったらいけないから一緒に乗
りなさいとも言われていたのだった。
そんなわけで、この冬は寒い中、毎週のよう
に横浜のマリーナに通うこととなった。
隆が麻美子のことを市毛さんたちに紹介して
くれていた。
「いつも隆がお世話になっています。隆のこ
とをこれからもよろしくお願いします」
いつの間にか、麻美子は隆のヨットのクルー
にされてしまっていた。
ヨットのクルーとは、そのヨットのオーナー
と一緒に乗っている仲間、船員のことだ。
「クルーってそういう意味だったの」
麻美子は、フェリックスの人たちが帰った後
に、隆からクルーの意味を教わった。
「サラダの前に、何かビールのつまみになる
ようなものを作ってくれるかな」
隆は、麻美子に命じた。
麻美子は、船長の隆に言われて、既に作り始
めていたサラダを中断して、冷蔵庫の中から
つまみになりそうなものを作って、お皿に盛
り付けてテーブルに出した。
「うちのクルーの麻美子です」
麻美子が、リビングにいる市毛さんたちに
おつまみの盛り付けられたお皿を持って行く
と、隆が麻美子のことを紹介した。
隆の後ろからキャビンの中に入って来たのは
隆のヨットの真横に横付けした同じ横浜のマ
リーナに保管しているヨットのオーナーとク
ルーたちだった。
「フェリックスの市毛さん」
隆は、隣に横付けしたヨットのオーナー、市
毛さんのことを麻美子に紹介した。
「何か飲みますか?」
そして、隆はキッチンの冷蔵庫から缶ビール
を取り出すと、リビングのソファに腰掛けて
いる市毛さんたちに手渡した。
「結局、私が作らないとだめか」
麻美子は、隆がいなくなったキッチンの中に
入ると、お鍋にお湯を沸かして、パスタを茹
でる準備を始めた。
パスタを茹でている間に、隆が出してくれた
生野菜を切り刻んでサラダを作った。
「あ、麻美子が作ってくれていたんだ」
キャビンの外から戻って来た隆は、料理して
いた麻美子に声をかけた。
「私が作るしかないじゃないの」
麻美子は、隆の頭を小突いた。
「お腹空いたよね、お昼ごはんにするよ」
船内に入って来た隆が、麻美子に言った。
「今日のお昼は、生野菜とパスタがあるから
サラダとスパゲッティにしようか」
ヨットのキッチンにある食料庫から野菜とパ
スタを取り出している隆の姿をみて、隆が料
理してくれるごはんなんて初めて食べるから
ちょっと楽しみだなと麻美子は期待していた
が、しばらくパスタのパッケージに書いてあ
る説明文を読んでいた隆は、諦めたようにキ
ャビンの外に出て行ってしまった。
隆がエアコンのスイッチを入れてくれたらし
く、しばらくするとキャビンの中はポカポカ
と暖かくなってきた。
「ありがとう、隆」
麻美子がキャビンの中にあるソファに腰掛け
て暖まっていると、ヨットは金沢沖の漁港に
入港して、そこの岸壁にロープで舫われた。
隆のヨットが岸壁に舫われ停泊すると、隆の
ヨットと同じ横浜のマリーナに停泊している
ヨットがやって来て、隆のヨットの横に横付
けで停泊した。
「隆、キャビンの中に入っても良いかな」
ヨットが海に出航してからずっと船上のデッ
キにいた麻美子だが、さすがに海の寒さに耐
えきれなくなってきた。
隆に言ってキャビンの中に逃げこんだ。
「船内には、暖房も付いているんだよ」
一緒にキャビンの中に入って来た隆は、操舵
室の計器板にあるスイッチを入れると、自分
はまたキャビンの外に出て、セイルの操作に
戻っていた。
「なんか部屋が暖かくなってきた」
隆がそれぞれのセイルを上げるため、セイル
に付いているロープを引っ張ったり出したり
して調整すると、セイルが上がり風を受けて
ヨットは走り出した。
「うわ、ヨットが走ってる」
「エンジンでなく風だけで走ってるんだぞ」
生まれて初めてヨットに乗る麻美子には、セ
イルをどう出したり引っ張ったりすれば、ヨ
ットが走り出すのか全くわからなかった。
ただ、隆がセイルを操作しているのを黙って
眺めているしかなかった。
「それはさすがに心配だから、私も一緒に乗
りに行くわよ」
麻美子は、隆に伝えて、いま寒い海の上のヨ
ットにいることを少し後悔していた。
「さあ、セイルを上げよう」
隆は、マストの根元に移動すると、ロープを
引っ張ってセイルを上げていた。
セイルは全部で3種類あって、船体の前方か
ら順番にジブ、メイン、ミズンという名称の
セイルが付いていた。隆は、それらのセイル
を順番に上げようとしていた。
麻美子は、ヨットに乗るつもりはなかったの
だが、隆が進水したばかりの新しいヨットに
1人で乗るというので、何かあったら心配な
ので一緒に乗ることにしたのだった。
「まだ進水したばかりでクルーもいないし、
来週はシングルで乗るよ」
シングルというのは、ヨットの専門用語では
シングルハンドの略で、1人の手、たった1
人でヨットに乗るという意味だ。
「え、1人で乗る気なの」
麻美子は、隆に聞いた。
「1人じゃないよね?誰かヨットのお友達と
出るんでしょう?」
「今のところは、麻美子と2人だけかな」
「私は寒いから出ないわよ」
翌週
「うわ、寒いっ」
佐藤麻美子は、海に出航した隆のヨットの上
でジャケットの前を止めながら呟いた。
麻美子は、本当は寒いし冬のいまの季節は、
ヨットに乗るつもりはなかったのだが、隆に
誘われて、ヨットに乗っていた。
「行こうと思えば、どこでもいくらでも行け
るさって話なだけだよ」
隆は、船内のソファに腰掛けながら、麻美子
に答えた。
「なんだ、そういうことね」
「今週は、船内で寛いだだけだけど、来週は
ヨットを海に出してセーリングしよう!」
「この寒い中、海に出る気なの?」
「もちろん!ヨットは、むしろ冬の方が風が
あって良い季節なんだよ」
隆は、麻美子に答えた。
麻美子は、いつも隆が自分の家に遊びに来た
とき、利用しているジムのサウナルームを思
い浮かべながら、隆に返事した。
「フィンランド製のヨットだから、標準でサ
ウナまで完備しているんだ」
「サウナも、ベッドもキッチンもトイレも
リビングルームまであって、ここで住めそう
じゃないの」
「うん。船内で生活して、世界じゅうどこへ
だって行けるさ」
「ヨットで世界じゅうに行くつもりなの?」
麻美子は、キャビン後部の部屋に入ってみる
と、大きなベッドが備わっていて、ベッドの
脇には鏡台まで備わっていた。
その手前の扉を開くと、シャワールーム付き
のトイレ、バスルームが付いていた。
「このバスルームは、フィンランド製だから
サウナも付いているんだぜ」
隆は、バスルームのスイッチをいじって、サ
ウナの電源を入れてみせた。
「もう中目黒のジムに在るサウナルーム使わ
なくても良くなるわね」
今井ゆみは、入社するとすぐ、まずは海外の
お客様がインターネットから日本の中古車を
欲しいと会社にオファーしてもらえるように
会社の英語版ホームページを作りました。
いろいろな日本に在る魅力的な自動車、中古
車を写真付きでホームページにたくさん掲載
しました。さらに、その車の魅力などを各国
語の解説付きで紹介しました。
英語だけでも十分ですが、フランス語、スペ
イン語、ポルトガル語、ドイツ語、中国語や
ロシア語があっても良いかもしれません。
今井ゆみは、美大を卒業して、就職活動をし
ていた際に、そんな仕事をしている横浜の貿
易会社に内定して、そこへウェブデザイナー
として就職しました。
中古車輸出業のお客さんは海外にいるため、
そんな海外のお客様にうちの会社で車を輸出
していますよってことを知ってもらうために
はホームページは必須ツールになります。
そのホームページを制作するスタッフとして
帰国子女のために多少は英会話も理解できる
今井ゆみは採用されたのでした。
車を輸出している会社があります。
世界中には、中古でも良いから日本製の自動
車を欲しいという方がたくさんいます。
そんな世界の方々に、日本の中古車を中古車
オークション会場から仕入れて、自動車専用
船に船積みして、届けてあげるのが「中古車
輸出業」という職業になります。
世界じゅうのありとあらゆる国々の人たちと
グローバルに交流して、活躍できるのが魅力
な職種になります。
そこが、この物語の舞台です。
「いや、海の上のヨットでは、俺だって自炊
ぐらいするさ」
「そうなんだ。どんなお料理するの?」
麻美子は、隆が料理している姿などぜんぜん
想像がつかなかった。
「船長の俺が作らないとしても、クルー(船
員)の誰かが作るさ」
「隆のヨットってクルーなんかいるんだ」
「今は、まだ進水したばかりでいないけど、
そのうち集まってくるさ」
「結局、自分では作らないのね」
「ほら、台所もちゃんと付いているんだよ」
隆は、ヨットのキャビン、一段下に下がった
ところにあるキッチンの前に立って、麻美子
に説明していた。
「隆には、台所なんて必要ないじゃないの」
学生時代、大学に通うため田舎から出てきて
以来、1人暮らしの隆は、いつも外食ばかり
で自炊などしたことが全くなかった。そのこ
とを知っている麻美子が返事した。
「いや、海の上のヨットでは、俺だって自炊
ぐらいするさ」
船内は特に暖房がかかっているわけではない
のだが、冷たい海からの風が入ってこないお
かげで暖かかった。
「あ、暖かい」
麻美子は、キャビンの中に入ると、思わず叫
んでしまっていた。
「本当、中は暖かいな」
隆が完成した自分のヨットを見に行こうとい
うから、ついてきたものの冬の海の岸壁は寒
くてたまらなかったのだった。
「コーヒーでも入れようか」
一般的なセーリングクルーザーのデッキは、
基本的に真っ平らで、そこへ穴ぐらの入り口
みたいな扉が付いており、そこからステップ
を下ってキャビン、ヨットの船内へ入る。
隆のヨットは、モーターセーラーというタイ
プのヨットで、船上のデッキ中央部にパイロ
ットハウスと呼ばれる四方を窓ガラスで囲ま
れた操舵室が付いていた。
その操舵室の両サイドに開き戸タイプのドア
が付いており、そのドアを横に開けて、そこ
からキャビンの中に入れた。
そのヨットが、フィンランドの港から貨物船
に載せられて、横浜の港まで輸入され、こう
して今、隆が所属している横浜のマリーナに
到着したのだった。
隆は、そのヨットを目前に眺めて感慨深そう
だった。
季節は12月初頭、海から流れてくる風は冷
たかった。隆の横に並んで立っていた佐藤麻
美子は、寒くて早くマリーナの暖かいクラブ
ハウスの中に戻りたかった。
「隆、会社作ってから頑張っていたものね」
ヨットレースで常に優勝を目指せるような速
いヨットではないが、頑丈で重たい船体は荒
れた海の中でのどっしりと構え、安心して快
適なクルージングが楽しめるヨットだった。
フィンランドの造船所に建造をオーダーして
から、出来上がるまで隆自身も何度もフィン
ランドまで飛んで建造中のマイボートの状態
を確認していた。
建造途中で、あそこはああしてくれ、こっち
にはこの装備を追加してくれといろいろ注文
していた隆のこだわりのヨットだった。
今井隆のマイボートは、フィンランド製のナ
ウティキャット33というヨットだった。
ナウティキャットは、フィンランドにあるヨ
ット専門の造船所で、キャビンのインテリア
にフィンランドの木材を多用した豪華な造り
売りのヨットだった。
外観の特徴は、大きなパイロットハウスと呼
ばれる操舵室が船体の中央部分に配されたモ
ーターセーラーという部類のヨットだ。その
船体は、頑丈で重く造られていて、ヨットレ
ースには不向きなヨットだった。
麻美子は会社の経理担当として転職した。
「麻美子、本当に助かるよ」
佐藤麻美子のフォローもあり、今井隆の起業
した会社は毎年、順調に売上げを伸ばしてい
き、今では従業員を5、60人抱えるまでの
中規模の会社にまで成長していた。
「温かい」
佐藤麻美子は、ヨットのキャビンでお湯を沸
かして、隆とコーヒーを飲んでいた。
「本当、温かいな。外が寒すぎるよな」
「そうでしょう!隆もそう思うでしょう」
「なんだよ、役所に提出する書面作りって以
外に面倒で難しいよな」
「もお!隆、本当に不器用よね」
佐藤麻美子は、書類作りに苦労している今井
隆をみて言った。
今井隆は、いろいろ面白いアイデアは出すア
イデアマンではあったが、役所に提出する際
の会社の書面作りとかは下手くそだった。
そんな隆がパソコンで何度も書類を作り直す
姿を見ていられなくなった佐藤麻美子も、隆
の起業したIT会社に転職したのだった。
その父親の姿を幼い頃からみてきた佐藤麻美
子は、今井隆がIT会社を起ちあげる際、会
社の起業を色々手伝ってあげていた。
「隆の会社の起業は手伝ってあげたけど、そ
の後は、ちゃんと自分でやってね」
佐藤麻美子は、今井隆に伝えた。
佐藤麻美子自身は、特に自分が就職したその
会社を辞める気は全くなく、最初の会社の起
ち上げ時だけ今井隆の会社を手伝ってあげた
つもりでいたのだった。
「後は、隆1人で頑張ってね」
人気サイトのおかげで、今井隆は、せっかく
就職できたその会社を辞めて、自分のIT会
社を起ちあげた。
プログラミングなんて全くわからず、サイト
の作り方も何もわからなかった今井隆は、会
社の起業の仕方も何もわからなかった。
「どうやって会社って起業できるのかな」
佐藤麻美子の父親は、東京の中目黒で輸入雑
貨の会社を起業した自営業者で、アメリカの
サンフランシスコに支店まで作り、単身赴任
でアメリカへ移住していた実績があった。
中国人観光客が大幅に減少する中でも、訪日
観光市場は安定した推移を見せている。観光
庁によると、台湾と韓国からの訪日客数が増
加し、落ち込みを補う形となった。特に地方
都市ではリピーターの割合が高まり、買い物
中心から体験型観光へと需要が変化している
宿泊業界では客層の分散が進み、特定国への
依存度が低下。専門家は「市場は量から質へ
移行している」と分析し、今後は地域文化や
日常体験を重視した観光戦略が鍵になると指
摘している。
明日はオリンピック閉会式が開催されます。
約2週間にわたり繰り広げられた熱戦の締め
くくりとして、各国の選手団が一堂に会し、
平和と友情を象徴するセレモニーが行われま
す。競技で見せた真剣な表情とは違い、笑顔
で交流する選手たちの姿も閉会式の見どころ
の一つです。また、次回開催都市への引き継
ぎセレモニーも予定されており、新たなオリ
ンピックへの期待が高まります。大会期間中
に生まれた数々のドラマを振り返りながら、
感動のフィナーレを迎えます。
佐藤麻美子の所属は総務部で、営業部に配属
となった隆とは別の部署になった。
「インターネット上に、こんなサイトがあっ
たら便利だろうな」
今井隆は、その会社で働いているときに思い
ついたサイトを具現化してみた。
「なかなか良い感じじゃないか」
サイトなんて一度も作ったことがない、プロ
グラミングのやり方なんて全くわからなかっ
たが、わからないことは検索しながら見よう
見まねで作り上げた。
今井隆は、佐藤麻美子に薦められたその会社
を受けてみた。すると、その会社に受かって
内定をもらうことができた。
「ありがとう、受かったよ!麻美子も、この
会社に就職するんだろう」
「え、そうね・・」
佐藤麻美子は、実はその会社には行くつもり
はなくて、別の内定をもらった会社へ行くつ
もりでいたのだが、今井隆にそう聞かれて、
思わず頷いてしまい、結局その会社へ隆と一
緒に入社することになってしまった。
今井隆は、大学の就職活動中のとき、なかな
か内定を取れず、就職先が見つからなくて悩
んでいた。
もうほとんどの同級生たちは、会社から内定
の通知をもらっていた時期だった。
もちろん、佐藤麻美子も、就職試験を受けた
会社から既にいくつか内定をもらっていた。
そんな中の1社に、まだ新卒の求人を募集し
ている会社があった。
「ね、この会社を受けてみたら」
佐藤麻美子は、今井隆にその会社を薦めた。
佐藤麻美子は、特にヨットに興味があるわけ
ではなかった。
大学時代からの同級生であった今井隆に、自
分のヨットがやっと横浜のマリーナに輸入さ
れてきたから一緒に見に行こうと誘われてつ
いてきたのだった。
「私じゃ役に立たないよ。っていうかこのヨ
ットの中で暮らせるんじゃないの」
「うん、暮らそうと思えば暮らせるよ、世界
中どこでも行けるし」
今井隆は、佐藤麻美子に答えた。
「私は、今日はたまたま隆のヨットがどんな
ヨットかなと思って、見に来ただけのことで
普段は別にヨットなんて乗りに来ないけど」
佐藤麻美子は、今井隆にそう返事した。
「え、毎週一緒に乗ろうよ」
「隆は、仲間と乗るんじゃないの」
「仲間もだけど、麻美子も一緒でいいよね」
そう答えていた佐藤麻美子だったが、まさか
これから先ずっと毎週末のように、今井隆の
趣味のヨットに付き合わされることになろう
とは思ってもいなかった。
普段から全くおしゃれなどしていない無頓着
な今井隆が、これを機会に、鏡台でメイクと
かして、少しは、おしゃれに目覚めてくれる
のかなと佐藤麻美子は思っていた。
「だから、俺は別におしゃれなんかしないけ
ど、麻美子はクルージングに行った時に、メ
イクできる鏡台とか必要だろう?」
今井隆は、佐藤麻美子に聞いた。
「私は、このヨットでクルージングなんかに
行かないけど」
麻美子は、隆に答えた。
「トイレは、後ろ側のこっちにも付いている
んだよ」
今井隆は、船の後ろの方の部屋に入って、そ
っちの部屋にあるトイレも佐藤麻美子に見せ
た。
「鏡台まで付いているじゃないの」
佐藤麻美子は、後部キャビンに入ると、ベッ
ドの横に付いている鏡台に気づいた。
「隆が、メイクとかおしゃれするの?」
佐藤麻美子は、今井隆に聞いた。
「別に、俺がするわけじゃないよ」
「麻美子が得意の料理を何でもここで作るこ
とができるよ」
「私、別に料理は得意じゃないけどね」
今井隆は、パイロットハウスの一段下に下が
った所にある台所を佐藤麻美子に見せた。
「こっちにはトイレも付いているから、海で
トイレへ行きたくなっても大丈夫」
今井隆は、船の前方に付いているトイレルー
ムを佐藤麻美子に見せた。
「ちゃんと水洗なのね」
「手でポンプ押さないとならないけどね」
ナウティキャット33には、デッキ中央部に
パイロットハウスと呼ばれる四方を窓で囲ま
れている部屋があって、船内に操船用のステ
アリングが付いていて、中でも操船できるよ
うになっていた。
その四方に付いている窓の両サイドの一部が
扉になっていて、その扉をガラガラと開くと
船内に入室できるように構成されていた。
その船内へ入ってみると、
「ほら、ギャレーっていうんだけど、台所も
ちゃんと付いているんだよ」
今井隆は、ヨットのデッキ上、中央付近に付
いているパイロットハウスの両サイドにある
扉を開くと、そこから船内に入った。ちなみ
に、今井隆の新しいヨットの周りに保管され
ているヨットの殆どが、デッキ上の床に扉を
スライドさせて開く入り口が付いていて、そ
こから船内に入れるようになっていた。
今井隆のヨットは、フィンランド製のナウテ
ィキャット造船所で建造されたヨットで、艇
種を「ナウティキャット33」という33フ
ィートのヨットモデルだった。
佐藤麻美子は、今井隆が立てかけた脚立を普
通に登ると、デッキに付いているライフライ
ンを飛び越えて今井隆のヨットに上がった。
「普通に上がれるじゃん」
「ズボンだし上がれるわよ。スカートなんて
本当小さい時しか一度もはいたことないし」
「そういえばそうだよな。麻美子は色気ない
ものな、俺も麻美子がスカートはいてるの見
たことなかったわ」
今井隆は、佐藤麻美子に答えた。
「早く中に入ろう」
佐藤麻美子は。キールの形なんかよりも、寒
さで早く暖かいところに入りたかった。
「中に入ってみるか?」
「ええ、寒いから中に入ろう」
佐藤麻美子は、今井隆の言葉に嬉しそうに頷
いていた。
佐藤麻美子は、今井隆の言う中とは、マリー
ナの建物の中のことだと思っていた。が、今
井隆は、自分のフィンランドで出来上がった
ばかりのヨットの船体に、脚立を立てかける
と脚立を登り始めた。
今井隆自身は、オーダーから半年以上待って
ようやくフィンランドから日本へ到着した自
分のマイボートに嬉しくて興奮しているため
寒さはあまり感じていなかった。
「キールが、これだけ長いだろう。うちのヨ
ットのキールは、ロングキールっていうんだ
よ。長期航海に向いているんだ」
今井隆は、自分のヨットのキールを一生懸命
に佐藤麻美子へ説明していたが、佐藤麻美子
の方は、キールがどんな形していようが、ど
うでも良かった。
今井隆は、横浜のマリーナに上架された念願
のマイボートの姿に感動していた。
「これが、フィンランドの造船所で建造した
という隆のヨットなの?」
佐藤麻美子は、横に立っている隆に声をかけ
た。隆は、黙って麻美子に頷いた。
「寒いよ」
佐藤麻美子は、今井隆に言った。
冬の横浜のマリーナは、海際にあって海風も
吹いているし、かなり冷たく寒かった。
「ね、クラブハウスに戻らない」