「ごはんですよ」
良明のお母さんが呼びにきた。
「はーい」
皆は、ダイニングに集まった。ダイニングテ
ーブルには、良明のお母さんお手製のハンバ
ーグの夕食ができていた。
「いただきまーす」
ゆみは、良明のお母さんが作ったハンバーグ
を一口食べて、お兄ちゃんが作るハンバーグ
と同じ味がすることに気づいた。
「お兄ちゃんのハンバーグみたい」
「ごはんですよ」
良明のお母さんが呼びにきた。
「はーい」
皆は、ダイニングに集まった。ダイニングテ
ーブルには、良明のお母さんお手製のハンバ
ーグの夕食ができていた。
「いただきまーす」
ゆみは、良明のお母さんが作ったハンバーグ
を一口食べて、お兄ちゃんが作るハンバーグ
と同じ味がすることに気づいた。
「お兄ちゃんのハンバーグみたい」
「お兄ちゃん、いい加減にしなよ」
良明の部屋に、美香もやって来ると良明に声
をかけた。
「ゆみちゃんが同じクラスメートだからって
お兄ちゃんに話しかけているのに、ゆみちゃ
んに返事ぐらいすればいいじゃん」
美香は、良明のことを怒っていた。
「お兄ちゃんが返事しないなら、私がゆみち
ゃんと同じクラスになるからね」
美香は、良明に言った。ゆみと同じクラスの
良明が羨ましかったのだ。
「私はね、いつもお兄ちゃんと一緒の部屋で
寝ているんだよ」
ゆみが良明に言った。
「さっきの人が、私のお兄ちゃんなの」
ゆみは、良明に説明した。
「ね、お喋りしようよ」
ゆみは、良明に聞いたが、良明は黙ったまま
だった。
「さっき、ヒデキ君たちといっぱい話してい
たじゃないの。私の日本語ってそんなに下手
なのかな?」
「野球のペナントすごいいっぱいね」
ゆみも、良明の後を追っかけて部屋に入ると
声をかけた。
「良明君も野球やるの?」
ゆみは、ベッドの脇に置かれているグローブ
とバットを見つけて、良明に聞いたが、良明
は何も答えてくれずに、ベッドに腰かけた。
「良明君は、いつも、ここの部屋で1人で寝
ているの?」
ゆみも、良明の横に座ると、良明に聞いた。
「1人で寝るの寂しくない?」
ヒデキと椎名が帰って、1人になった良明は
自分の部屋へ向かった。
「あ、良明くん」
それを見て、美香たちとの話を中断して、ゆ
みは良明の後を追っかけた。ヒデキたちとは
大きな声で声でお喋りしていたし、自分とも
お喋りしてくれると思ったのだった。
「ヒデキ君たち帰っちゃったね、今度は、私
と一緒に遊ぼうか」
ゆみが声をかけたのに、良明は黙ったまま何
も言わなくなっていた。
良明のお母さんは、隆に言った。
「ね、せっかくゆみちゃんにも会えたんだし
一緒に食べていってくれない」
良明のお母さんに言われて、夕食をご馳走に
なることになった。
「昨日のシチューがまだ残っているよ」
「それは明日にしよう」
隆は、ゆみに言った。
「せっかく、良明のお母さんにご馳走になっ
て行こうか」
隆は、ゆみに言った。
「そろそろ、俺らは帰るわ」
夕方で暗くなってきたので、ヒデキと椎名が
立ち上がった。
同じアパートメントのヒデキは、エレベータ
ーで降りるだけだが、椎名は、これから歩い
て帰らなければならなかった。
「今日はありがとうね、また遊びにきてね」
良明のお母さんも、2人をお見送りした。
「それじゃ、俺らもそろそろ」
「え、隆くん達はまだ良いじゃないの、夕食
も作っているから食べていってよ」
良明のお母さんは、隆へ申し訳なさそうに謝
っていた。
,隆は、自分の妹の方を見たが、良明のお母
さんとの会話が、ゆみの日本語能力には少
し難しすぎたようで、よく話の内容を理解で
きないでいた。
「後で、家に帰ったら教えてやるな」
隆は、その場での説明を避けた。
良明のお母さんも、夕食の準備のため、キッ
チンに行ってしまったので、その話はそれっ
きりになってしまった。
「良明君の声って、私、今日初めて聞いた」
ゆみは、兄の隆に言った。
「そんなわけはないだろう」
「ううん、そうなのかもしれないわ」
良明のお母さんは、隆に良明は日本で通って
いた学校の頃から学校では何も話さない極度
の人見知りであったことを告白した。
「そうなんですか」
「ええ、きっと同じクラスになってしまった
ゆみちゃんには、大変なご迷惑を掛けてしま
っているのでしょうね」
「良明君って日本語も話せるのね」
ゆみは、良明が話している姿を見て、隆に少
し寂しそうに呟いていた。
「ゆみは、学校でも良明とは全然話したこと
ないのか?」
「ない」
ゆみは、隆に答えた。
「良明君って、学校ではシャロルともマイケ
ルとも誰とも話したことないもの」
「女の子と話すのが苦手なのかもな」
隆は、ゆみに言った。
ゆみは、隆に連れられて美香たちのいるリビ
ングのソファへ来ると、美香たちとお喋りを
していた。
「よし、蹴り返せ!」
「良明、野球だけじゃなくサッカーもかなり
上手いんだな」
ヒデキたちは、良明とサッカーゲームをして
楽しんでいた。今まで、ゆみと一緒にいた時
とは違って、良明がヒデキと椎名の3人だけ
になった途端、大きな声でお喋りをしながら
サッカーゲームをやっていた。
「おまえがトロいからだろう」
隆は、ゆみに言った。
「え、そうなの?」
ゆみが、良明に聞くと、良明は頷いた。
「ひどいぃ!良明君」
ゆみは、良明に文句を言った。
「ゆみ、サッカーは良明たち男の子に任せて
おいて、おまえは女の子なんだし、ちょっと
こっちに来いよ」
隆は、ゆみの腕を引いて、リビングの美香た
ちがいる方へ連れてきた。
ゆみが良明に苦笑していた。
その後も、ゆみの方に飛んで来たボールは、
わざとゆみより先に良明がボールを蹴り返
してしまっていた。
「もう、良明君ひどい!」
ゆみは、良明の肩をポンと叩きながら、笑顔
で文句を言っていた。
「ゆみは良明に蹴らせてもらえないのか」
隆がやって来て、ゆみと良明のじゃれ合いを
笑って眺めていた。
「そうなの、良明君ひどいの」
「良明とゆみちゃんのアスター先生チームと
俺らロールパン先生チームでいいじゃん」
「ボールが来たら、この棒を回してお人形で
蹴るのよね」
ゆみは良明に聞いたが、無視された。
自分の方に飛んで来たボールを蹴ろうとした
が、その前に良明が、ゆみの持っていたお人
形の操作棒を取り上げて、ゆみの代わりにボ
ールを打ち返してしまった。
「あ、良明君ひどい!私が蹴ろうと思ってた
のに、なんで蹴っちゃうの」
「良明、ボードのそっち側のチームな。俺と
椎名でこっち側で一緒のチーム」
ヒデキは、良明に言った。
リビングの片隅に置いてあった良明のサッカ
ーゲームで遊んでいた。ボードの上にサッカ
ー選手の人形がいて、それをクルクル回すと
サッカーができるゲームだった。
「じゃ、良明君と私がチームになろう」
「ゆみちゃんは、俺と一緒のチームになろう
よ。良明と椎名で組めよ」
ヒデキが言ったが、椎名に却下された。
「ゆみちゃん、お兄ちゃんとばかり遊んで」
美香は、ゆみが良明やヒデキたちとばかり、
サッカーのボードゲームしているのを眺めて
羨ましそうに、隆に言った。
「ごめんな、俺が同い年だから一緒のクラス
になれるとか期待させちゃったものな」
「ううん、隆お兄さんのせいじゃないよ」
美香は、隆に言った。
「今度、女の子たち3人だけで、うちに遊び
に来るか。ゆみとも4人で遊ぼう」
「うん!」
「うそ、隆お兄さんも一緒にいて」
部屋から出ようとする隆を、美香が引き止め
ながら言った。
「かわいいお部屋!」
ゆみは、部屋に飾られているお人形や小物を
眺めながら呟いた。
「ごめんな、俺の稼ぎが悪いから、ゆみには
こんないっぱいのおもちゃとか買ってあげら
れなくて」
隆は、ゆみに言った。
「私の部屋にも遊びに来てよ」
「え、うん、大丈夫」
美香は、ゆみの手を引いて、自分の部屋へ案
内した。
「うわ、かわいい部屋!」
野球好きの良明の部屋と違って、ぬいぐるみ
とお人形がいっぱいな部屋だった。
「さすが、女の子3人の部屋だな」
一緒について来た隆が、美香に言った。
「隆お兄さんはだめ、ここは女の子の部屋」
「そうか、ごめんごめん」
「ゆみちゃん」
良明の部屋を見終わって、部屋から出るとき
同い年ぐらいの女の子に声をかけられた。
「え?」
ゆみは、その女の子のことを見た。
「私は美香、良明の妹」
美香は、ゆみに自己紹介した。
「本当は、私がゆみちゃんとクラスメートに
なれるんだと思って、楽しみにしてたの」
「そうなの」
ゆみは、美香に返事した。
いつも負けてばかりいる野球チームのリーダ
ーをしているヒデキは、良明を誘っていた。
「ぜひ!」
良明は、ベッド脇に置いてあった自分のバッ
トとボールを手にしながら答えた。
「すごい良いバットじゃん」
「これは東京ドームで買ったんですよ」
ゆみは、男の子たちが話しているのを聞きな
がら、なんで良明君って私が話しかけても全
然お話してくれなかったのだろうと不思議に
思っていた。
「いつも週末に、近くの公園に日本人の男の
子たちがたくさん集まって、そこで野球して
いるんだよ」
隆が、良明に説明した。
「野球ならば、あんたも得意じゃないの」
良明のお母さんが、良明に言った。
「日本でやってる時は、あんたはいつもホー
ムラン王だったじゃないの」
「マジですか?」
ヒデキが、良明のお母さんに聞いた。
「ぜひ、野球しに来てください」
「日本の野球チームのペナントじゃないか」
「日本にも野球チームがあるんだ」
ゆみは、隆に聞いた。
「あるよ」
隆は、ゆみに答えた。
「良明君は、野球が好きなのか?」
「はい」
良明は、隆に頷いた。
「それじゃ、ヒデキたちと一緒に、週末はシ
ートンパークで野球すればいい」
「そうですね」
良明のお母さんは、大学時代の大親友の娘、
ゆみのことを背後から優しく抱きしめながら
褒めてくれた。
「せっかく来たんだし、良明の部屋を案内し
てあげるわね」
良明のお母さんは、ゆみのことを良明の部屋
へ案内しながら、ゆみに会えたのが嬉しくて
たまらなそうだった。
「うわ、すごい!」
良明の部屋の壁には、いっぱい野球のペナン
トが貼られ、飾られていた。
「ゆみちゃんは、お兄ちゃんと同級生?」
ゆみのことを自分と同い年と聞いていた良明
の妹、美香が隆に聞いた。
「そうなんだ。ゆみは飛び級してるんだ」
隆は、美香に説明した。
「ゆみは飛び級で学年を実際の年齢よりも飛
びこえて進級しているんですよ」
隆は、思い出したように、美香や岡島さんた
ち皆に説明した。
「やっぱり、ゆみちゃんは、私の大学時代の
同級生、和子の娘だわ、頭の良い子ね」
「おまえは、なんで良明君と一緒だった」
隆は、岡島さんのリビングで、隣に腰掛けて
いる妹のゆみに聞いた。
「私と良明君とはクラスメートだもの」
「クラスメート?」
隆は、ゆみに聞き返した。
「良明君は、おまえよりお兄さんだろう」
そして、隆は気づいた。
「あ、そうか!おまえの言うヨシュワキー君
って良明君のことだったのか」
隆は、ゆみが話していたことを思い出した。
昨今では、他にポルトガル語、ドイツ語、中
国語やロシア語ぐらいでの説明は、あった方
が良いかもしれません。
ゆみの勤務する横浜の貿易会社では、各国の
輸出担当スタッフが豊富に揃っているので、
彼らに訳してもらって、それを、ゆみがホー
ムページに落としこんでいきました。
「マイク、これロシア語に訳してほしいの」
ホームページが完成すると、今井ゆみのホー
ムページに毎日たくさん車のオファーが来る
ようになりました。
「わかったよ、シャラン。ハイエースの車を
たくさん掲載するね」
いろいろな日本に在る魅力的な自動車、中古
車を写真付きでホームページにはたくさん掲
載しました。
「うん、お願い。ハイエースは、アフリカ以
外にも世界じゅうで売れるから」
さらに、その車の魅力などを各国語の解説付
きで紹介しました。
英語とフランス語、スペイン語ぐらいで解説
すれば、まず十分でしょう。
今井ゆみは、中古車輸出業の仕事をしている
横浜の貿易会社にウェブデザイナーとして就
職しました。
「ゆみ、もっとハイエースをホームページ上
に掲載してよ」
中古車輸出業のお客さんは海外にいるため、
そんな海外のお客様にうちの会社で車を輸出
していますよってことを知ってもらうために
は、ホームページは必須ツールになります。
そのホームページを制作するスタッフとして
今井ゆみは採用されました。
「え、なんでわかったんですか」
ヒデキは、岡島さんに聞いた。
「わかるわよ。伊達に男の子1人に、女の子
3人を育ててきていないから」
岡島さんは、ヒデキに答えた。
「でも、ゆみちゃんを連れて来てくれて本
当に嬉しかったわ」
良明のお母さんは、ヒデキに言った。
「最近、いつも隆君にしか会っていなかった
から、ゆみちゃんに会いたかったのよ」
隆は、岡島さんに苦笑していた。
「あの、おばさん、ごめんなさい」
ゆみは、岡島さんに謝った。
「何のこと?」
「あのー」
「壊れてしまったバレッタのことかな」
「はい」
「あれでしょ、ヒデキ君に行けとか言われて
ここに来てしまったんでしょう」
「え、どうして?」
ヒデキが、岡島さんの顔を見た。
「わかるわよ、そんなこと」
「はい」
「家で、しっかり話すからな」
ゆみは、隆に言われて、家に帰ったらしっか
り怒られることが確定してしまっていた。
「ゆみちゃん!会いたかったのよ」
岡島さんは、ゆみのことをハグした。
「岡島さんは、おまえのことを小さい時、い
ろいろ面倒みてくれた命の恩人なんだぞ」
隆は、ゆみに言った。
「そんな岡島さんに、わざわざ文句を言いに
来るとは、良い度胸しているな」
「ううん、していないよ」
ゆみは、慌ててお兄ちゃんに返事した。
「じゃ、なんで今日は、わざわざ文句を言い
に来たんだ」
「それはね」
ゆみは、返事に困っていた。
「ね、隆君。彼女がゆみちゃん?」
「はい、そうです。妹のゆみです」
隆は、ゆみの頭を押してお辞儀させながら、
岡島さんに妹を紹介した。
「ゆみ、後で家に帰ったら話そうな」
隆は、ヒデキから受け取ったバレッタを自分
のズボンのポケットにしまうと、ゆみの方を
向いて聞いた。
「ごめんなさい」
ゆみは、兄に謝った。
だから、あんなバレッタ1個で、わざわざ来
たくなかったのだ。兄に知られたら、ぜった
いに怒られるとわかっていたのに。
「ゆみ、おまえは、こんなものが壊される度
に、わざわざ学校の友達の家まで押しかけて
お友達のお母さんに言いつけているのか?」
部屋の奥から、ゆみが日常いつも聞いている
聞き覚えのある声が聞こえた。
「ゆみ、おまえ何をやっているの?」
「お兄ちゃん!」
奥の部屋から兄の隆が突然現れたので、ゆみ
は驚いていた。
「良明が、ゆみちゃんの髪留めを階段の上か
ら落として壊してしまったんですよ」
ゆみの代わりに、ヒデキが隆に説明してから
壊れたバレッタを手渡した。
「それで、わざわざ文句を言いに来たのか」
優しそうな良明のお母さんの姿を見ているう
ちに、なんでこんなバレッタ一つで文句を言
いに来てしまったのだろうと、自分のことを
悲しくなってしまったのだった。
「ほら、言わなきゃ」
ヒデキが、話を中断したゆみを即した。
「壊れちゃって、学校の階段から落ちたら壊
れてしまったの」
ゆみは、優しそうな良明のお母さんにうまく
今の気持ちを日本語で説明できないでいた。
「え、そこにいるのは、ゆみか?」
「ほら、ゆみちゃん」
ヒデキは、ゆみを良明のお母さんの前に立た
せると、壊れたバレッタを持っているゆみの
手を、おばさんの前に差し出させた。
「あら、可愛らしいバレッタじゃないの。ど
うされたの?」
良明のお母さんは、ゆみに聞いた。
「なんか壊れちゃって」
ゆみは、途中まで話しかけて、話を中断して
涙が溢れてきてしまった。
「あのごめんなさい」
「こんにちは」
玄関先には、良明のお母さんと思われる女性
が立っていた。
「あら、ヒデキ君」
女性は、皆の中に知っている顔のヒデキの姿
を発見して、声をかけた。
「こんにちは。なんか、彼女が話したいこと
あるらしいんです」
ヒデキは、愛想の良い言葉で、良明のお母さ
んに返事した。
「あら、可愛らしいお嬢さん」
「良明のお友達?」
インターホンの女性が言うと、インターホン
が切れた。しばらくすると、玄関の扉が中か
ら開かれた。
「どうしよう?」
ゆみは、不安そうにヒデキの方を見たが、ヒ
デキは知らんぷりしていた。
「やっぱり来なければよかった」
ゆみは、不安になってきた。
「なんで、私ってこんなバレッタ一つで、こ
こへ来てしまったのだろう」
ヒデキは、ゆみをインターホンの前に移動さ
せると、自分でベルを押した。
しばらくして、インターホンから優しそうな
女性の日本語の声がした。
「はーい」
ゆみは、ヒデキの方を見ると、首で早く答え
ろよって指図していた。
「あのー、私はヨシュワ、良明君のクラスメ
ートなんですけど」
ゆみは、知る限りの丁寧な日本語でインター
ホン越しに返事した。
「なんで、ゆみちゃんの家へ行くの?」
「私たちクラスメートだし、私の家へ遊びに
来てもいいかなと思ったの」
ゆみは、ヒデキに言った。
「何にもない家だけど、犬のメロディーがい
るから、メロディーと遊べるかな」
それを聞いて、ヒデキは、俺だってまだゆみ
ちゃんの家へ遊びに行ったことないのに、な
んでこいつを遊びに行かせないといけないと
少し嫉妬していた。
「だめだよ」
「押しなよ」
ヒデキは、ゆみに、突き当りの部屋のインタ
ーホンを指差した。
「私が?」
ゆみがヒデキに聞くと頷いた。良明の方を見
ると、押さないでほしそうだった。
「やっぱりいいわ、私はうちに帰る」
「だめだよ」
「なんかね、良明君が私のことを招待したく
ないみたいなの。だから、良明君と私の家へ
遊びに行こうと思って」
エレベーターが17階に停まると、良明は降
りて、右側の廊下を進み始めた。ゆみも、慌
てて降りると、良明の後を追っかけて行く。
「どこに行くの?こっちだよ」
ヒデキは、ゆみたちに声をかけると、反対の
左側の廊下を進み始めた。
「あっちだってよ」
ゆみは、良明の手を握ると、ヒデキたちの方
向へ歩き出した。
「ここだよ」
ヒデキは、突き当りの部屋で立ち止まった。
4階に止まったエレベーターに、野球のバッ
トを持ったヒデキたちが乗ってきた。
「ヒデキ君」
「え、何してるの?」
「どこの階に行くかわからないみたい」
ゆみは、ヒデキに言った。
「17階だよ」
ヒデキは、17階のボタンを押した。
エレベーターは、17階へ向かって再度昇り
始めた。
「また昇るのね」
エレベーターが動き出したのは、誰かが下の
階からエレベーターを呼んだようだった。
「私の家へ遊びに来る?」
ゆみが良明に聞いても、良明は首を傾げるだ
けではっきりしなかった。
「いい?」
ようやく良明が首を縦に頷いた。
「じゃ、家においで」
ゆみが、7階のボタンを押したが、エレベー
ターは7階を過ぎてしまっていた。
エレベーターは4階に停止した。
ゆみがエレベーターに乗ると、良明はエレベ
ーターの扉を閉じた。
「どこに行くの?」
ゆみは、良明に聞いた。良明は、エレベータ
ーのボタンをどこも押していないため、エレ
ベーターはずっと18階に停止していた。
「どうするの?」
ゆみは、良明に聞いた。
「ね、それじゃ私の家に遊びに来ない?」
ゆみが7階のボタンを押そうとした。その時
エレベーターが動き始めた。
ゆみも、必死で追いかけて行くと、良明と一
緒に18階の廊下へ出た。
「お願いだからあんまり速く走らないで。私
迷子になちゃう」
ゆみは、泣きそうな顔で良明に頼んだ。良明
は、廊下を進んで行くとエレベーターの前へ
移動した。
「どこに行くの?」
ゆみは、良明に聞いた。エレベーターが来る
と、良明はまた乗りこんだ。
「また乗るの?」
良明が左側の廊下を進み始めた。
「そっち?」
ゆみは、良明の後を追って行く。
「ここの家なの?」
ゆみは、突き当りのドアで立ち止まっている
良明に聞いた。良明は、急にUターンすると
廊下を走り始めて、階段室の中へ入った。
「え、そっち?」
ゆみは、必死で良明について行く。
良明は、階段室の階段を下って行くと、18
階の廊下へ出た。
良明がすぐ扉を閉じてしまったため、ヒデキ
が降りる直前に押した17階は素通りしてし
まっていた。
「19階に止まったよ」
ゆみが言ったが、良明の反応は無かった。
すると、エレベーターの扉が閉まり始めて、
良明が慌ててエレベーターを降りた。ゆみも
慌ててエレベーターを降りた。
「19階に住んでいたのね」
ゆみが良明に聞いた。良明は、黙って19階
の廊下を歩き始めた。
ゆみは、良明の方を見た。すると、良明は、
10階のボタンを押した。
「10階に住んでいるの?」
ゆみは、良明に聞いた。良明は黙ったままだ
ったが、エレベーターは10階で止まった。
「ね、到着したよ」
ゆみは、良明に言った。良明は、10階では
降りずに、今度は19階のボタンを押した。
「19階なの?」
エレベーターは17階で停止したが、良明が
開いた扉をすぐに閉じてしまった。
ヒデキが、ゆみに再度念押しすると、エレベ
ーターの17階のボタンを押してから降りて
いった。
「どうしよう?」
ゆみは、良明の顔を覗き込んだ。
「良明君の家に行ってもいい?」
良明は、また首を大きく横に降った。
「そうよね」
エレベーターの扉が閉じて、エレベーターは
そのまま上へ昇り始めた。
「どうする?」
エレベーターが4階に到着した。
「それじゃ、ちゃんと良明にバレッタ壊され
たことを、良明のお母さんに言うんだよ」
ヒデキは、壊れたバレッタをゆみの手の中に
握らせると、エレベーターを降りた。
「え、ヒデキ君たちは一緒に行かないの?」
ゆみは、ヒデキに聞いた。
「俺らは、野球するから行かないよ」
「ゆみちゃんは、隆さんがせっかく買ってく
れたバレッタなんだし、絶対に行かないとだ
めだよ」
「ゆみちゃんって、ドアマンに顔パスでドア
を開けてもらえちゃうんだ」
「さすが、長く住んでいるだけあるな」
ヒデキと椎名が話していた。
「良明君の家に遊びに行ってみてもいい?」
ゆみが良明に聞くと良明は首を横に振った。
「そうよね、だめよね」
ゆみは、少し残念そうに答えた。
「エレベーター来たよ」
ヒデキが、ゆみたちを呼んだ。
ゆみは、良明の手を引いて、乗り込んだ。
エントランスに立っていた黒人ドアマンは、
ゆみの帰ってくる姿を見つけると、すぐにオ
ートロックのドアを解除し開けてくれた。
「サンキュー」
ゆみが入って、その後を3人とも後に続いて
中へ入った。
「ゆみちゃん、顔パスなんだ」
「ヒデキ君だってそうでしょう?」
「いや、俺はたまに止められる」
ヒデキは、ゆみに答えた。
「さすが、ゆみちゃんは長年の居住者!」
「椎名君の家ってこっちだった?」
3人は、同じアパートメントらしいが、椎名
の家は、ゆみ達の住んでいる方向とは反対の
はずだった。
「今日はヒデキの家に1回寄ってから、ヘン
リーハドソンパークで野球する予定なんだ」
椎名は、ゆみに答えた。
「ハロー」
ゆみは、自分家のアパートメントのエントラ
ンスに入ると、そこのエントランスに立って
いた顔見知りの黒人ドアマンと挨拶した。
「大丈夫かな」
ゆみは、不安を抱えながら、皆の後について
歩いていた。
でも、不安があっても皆の後について行くゆ
みには、みな同じ会社に勤める保護者がいて
同じアパートメントに住んでいて、お友達に
なった良明が同じ日本人だと知って、少しだ
け良明君の家へ遊びに行ってみたいという気
持ちが芽生えてもいた。
「一緒のアパートメントに住んでいるの?」
ゆみは、良明にも聞いてみた。
「やっぱり良明君の家に行くのやめようよ」
ゆみは、ヒデキに言った。
「なんで?」
「だって、お兄ちゃんと同じ会社なんでしょ
う。もしかしたら、お兄ちゃんになんか言わ
れてしまうかもしれない」
「ゆみちゃんが怒られることはないって」
ヒデキは、ゆみに言った。
「だって、バレッタを壊したのは良明、ゆみ
ちゃんは何も悪くないのだから」
ヒデキは、どんどん前へと歩いていた。
「良明のお母さんに言いつけような」
ヒデキは、ゆみにそう命じていたが、ゆみ自
身は、あまり気が進まないでいた。
「ね、ヒデキ君のお父さんって、私のお兄ち
ゃんと同じ会社で働いているよね」
「そうだね」
「それじゃ、良明君のお父さんも、お兄ちゃ
んと一緒の会社で働いているの?」
「それは、もちろんそうでしょう」
ヒデキが、ゆみに答えた。
「そうだったんだ」
ヒデキのお父さんも、良明のお父さんも、ゆ
みの兄も同じ日本の商事会社に勤めていた。
なので、勤めている商事会社ニューヨーク支
店の総務部でまとめて手配した同じアパート
メントに皆住んでいるのだった。
実は、ヒデキの住む部屋も、総務部配属の隆
が準備したものだった。
「とりあえず行こう」
ヒデキは、ゆみの壊れたバレッタを片手に皆
の先頭を歩き出した。
他の3人もヒデキの後について行く。
「え、そこまではしなくても」
「いや、ちゃんと言わないとダメだ」
ヒデキは断言していた。
「良明のお母さんに言いに行きな」
「私、良明君の家がどこか知らないし」
ゆみは、ヒデキに言った。
「良明の家って、ゆみちゃんと同じアパート
メントに住んでいるよ」
「え、そうなの?」
ゆみは、ヒデキに聞いて驚いた。
「そうだよ。俺らみな同じアパートメント」
「良明が壊したよな」
ヒデキと椎名が決めつけ、良明に迫った。
ゆみは、ヒデキたちと同じ5年の同級生では
あるが、飛び級により本来の学年よりも3年
上に進級していた。そのため、ヒデキ達とは
3歳年下なので2人に決めつけられてしまう
と反論しづらくなってしまう。
「これは、良明のお母さんに言って、弁償し
てもらった方がいい」
「まあ、話した方が良いかもしれないな」
ヒデキと椎名は、勝手に話を進めていた。
「これ、先週末のウィークエンドにお兄ちゃ
んが買ってくれたばかりだったのに」
「良明のやつが壊したな」
ヒデキが、ゆみに言った。
「別に、良明君が壊したわけじゃ」
「いや、良明が明らかに壊した」
ヒデキが決めつけていた。
「良明が壊したよな」
ヒデキは、椎名に同意を求めていた。
「まあ、良明が壊したといえば壊したかな」
椎名が、ヒデキに答えた。
ゆみと良明の手が離れた瞬間、良明の手が、
ゆみの髪に触れた。良明の手が、ゆみの髪に
当たって、髪に付けていた猫のバレッタが階
段の下へと落ちていった。
「あ、バレッタが落ちちゃった」
ヒデキが走って、階段の下へ行くと、ゆみの
バレッタを拾い上げた。
「壊れちゃっているよ」
ヒデキは、バレッタをゆみに見せた。
ゆみのバレッタは、半分に割れてしまってい
て、髪留め部分が割れてしまっていた。
「日本人だし、日本語わかるし、いいかげん
にその繋いでいる手を離せよ」
ヒデキは、ゆみの握っている手を良明から離
すように言った。
「別に日本人だって、私たち仲良しなんだし
クラスメートなんだから、手をつないでも良
いでしょう」
「誤解するから、手を離せよ」
ヒデキは、ゆみの握っている手を無理やり良
明から離させようとした。
「え、ちょっと危ないったら」
「良明は日本人だよ」
「ヨシュワキー君って日本人なの?」
「ヨシュワキーじゃないよ、良明、岡島良明
っていう名前だよ」
ヒデキは、良明の名前をゆみに伝えた。
「名前が日本人じゃないの」
ゆみは、ヒデキから聞いて驚いていた。
「アスター先生は、ヨシュワキーって教えて
くれたのに」
「うまく発音できなかったんだろう」
椎名が、ゆみに答えた。
ゆみは、良明とつないでいる手を仲良く振っ
て見せながら、ヒデキたちに答えた。
「なんで?」
「なんでって、私たちは同じクラスなの」
ゆみは、ヒデキに答えた。
「私、中国語は話せないし、言葉は通じない
かもしれないけど、同じクラスで仲良しにな
れたのよ」
「中国人?」
ヒデキは、ゆみから良明が中国人だと聞いて
おかしくて笑い出してしまっていた。
ゆみと良明が廊下の階段を上がっていると、
後ろから少年が2人、大声でお喋りしながら
階段を駆け上がり、追い越して行った。
「あれ、ゆみちゃん!」
少年たちは、階段の上から振り向いて、ゆみ
に声をかけた。ヒデキと椎名の2人だった。
「え、なんで、ゆみちゃんは良明と仲良く手
をつないでいるの?」
ゆみへの一方的な好意をよせているヒデキが
ゆみに聞いた。
「私たちクラスメートだもの」
「ミスタールビンのところに行こう」
ゆみは、良明の手を引いて、ミスタールビン
の教室に移動した。
「今日は、ミスタールビンも風邪でお休み」
ミスタールビンのアシスタント先生が、ゆみ
に伝えた。
「どうする、ヨシュワキー君も帰ろうか」
ゆみは、ヨシュワキーに聞いた。が、良明は
ゆみの質問にも黙ったままだった。
「行くよ!」
ゆみは、ヨシュワキーの手を引いた。
「ミスタールビンのクラスはあると思うから
ゆみはヨシュワキーを連れて行ったら、その
後は家に帰っていいわよ」
アスター先生は、ゆみに伝えた。
「それじゃ、私たちは先に帰ろうかな」
チェッカーをしていた2人は、チェッカーゲ
ームを片付けると、ゆみに言った。
「わかった、バイバイ!また明日ね」
ゆみは、シャロルたちと別れると、良明と2
人だけになった。
「ミスタールビンの教室に行こうか」
猫のバレッタは、先週末、隆と一緒にブルー
ミングデールへお買い物に行ったとき、買っ
てもらったものだった。
猫のバレッタをいじり終わると、シャロルと
マイケル2人が遊んでいるチェッカーゲーム
を眺めていた。
「今日の5年生の午後の授業はありません、
お休みになりました」
アスター先生が、皆のテーブルを周って、ク
ラスの生徒たち皆に伝えていた。
「食べ終わったら、帰宅して大丈夫ですよ」
良明は、ランチタイムでも何も食べずに、ゆ
みの横に腰掛けているだけだった。
「私の食べる?」
ゆみは、自分の持ってきたサンドウィッチを
良明に差し出したが、受け取ってもらえなか
った。
「マイケル、チェッカーやろうか」
食事を食べ終わって、シャロルはマイケルと
ボードゲームのチェッカーを始めた。
ゆみは、食事の後、自分の長い髪に付けてい
る猫のバレッタをいじっていた。
ゆみの違和感の一つは、ヨシュワキーがチャ
イニーズとわかった後も、月曜と木曜の午後
は、いつもミスタールビンの教室に彼を連れ
て行っていたことであった。
「ミスタールビンは、日本語で英語を教える
先生なんだけどな」
ゆみは、不思議に思っていた。
「ミスタールビンって中国語も話せるの?」
ランチタイム
相変わらず、ヨシュワキーは、お弁当を持っ
て来ていなかった。
先生に言われて、ゆみは大きく頷いた。
「ヨシュワキー君、私は中国語はよくわから
ないけど、仲良くしてね」
ゆみは、良明に言った。
そして、それからは、ゆみの言葉がヨシュワ
キーに伝わらなくても、ゆみがヨシュワキー
の手を引いて、手話のように指図していても
クラスの誰も笑わなくなった。
「でも、変よね」
ヨシュワキーが中国人であることがわかって
も、まだゆみには違和感が少しあった。
マイケルも、アスター先生に彼がジャパニー
ズでなくチャイニーズであることを説明して
くれていた。
「チャイニーズだったかしら?」
アスター先生は、名簿を確認しながら、チャ
イニーズだったかしらと少し疑問に感じてい
たが、彼女自身もジャパニーズとチャイニー
ズはよく似ていて違いがよくわからないので
マイケルに返答出来ずじまいだった。
「チャイニーズでも良いじゃない、ヨシュワ
キー君と仲良くしてあげなさいね」
「明日、シャロルにも話してみる」
ゆみは、マイケルに自分の日本語が下手と言
われたのが、かなりショックだった。
「彼は、チャイニーズだったのよ」
「ああ、チャイニーズね」
シャロルは、隆の話をゆみから聞いて、納得
していた。隆のことを、すごく頭が良くて優
しいゆみの兄と思い込んでいるシャロルは、
隆の言うことは何でも信じてしまうのだ。
「アスター先生、ヨシュワキーはジャパニー
ズではなくチャイニーズなんです」
「中国人?」
「名前からして、ヨシュワキーなんて名前の
日本人は流石にいないだろう」
「そうか!中国人だったのね!」
ゆみは、隆に聞いて、なるほどと思った。
「確かに、おまえの日本語は下手だけど、日
本人なら通じないってことはないよ」
「そうか、そうよね!中国人だったのね!そ
ういうことだったのね」
ゆみは、隆の見解に納得した。海外だと日本
人と中国人は外見がよく似て見えるものだ。
「ヨシュワキー君っていうの、私の隣の席に
なったんだけど」
ゆみは、珍しく由香ではなく、隆に学校であ
ったことを話していた。
「私、もっとお兄ちゃんと日本語で話して、
日本語をちゃんと勉強しておけばよかった」
「ぜんぜん通じなかったのか」
隆は、ゆみの日本語がぜんぜん通じなかった
ことを聞いて、思わず吹き出していた。
「でも、ヨシュワキーって名前からして、日
本人ではなく中国人なのかもしれないな」
「お兄ちゃん、うちのクラスに日本人の新入
生が初めて来たのよ」
ゆみは、夕食の時、隆に話していた。
「そうなのか!だから、お兄ちゃんが言った
じゃないか、一緒のクラスになるって」
「え、日本人の新入生って女の子じゃないよ
男の子なんだよ」
「なんだ、そうなのか」
「ヨシュワキー君って男の子なの」
ゆみは、隆に伝えた。
「ヨシュワキー君?」
「私は受けないわよ。うちのクラスの新入生
を連れて来ただけなの」
ゆみは、ヒデキに答えた。
「でも、私もミスタールビンに英語じゃなく
日本語の勉強してもらいたいかも」
午前中ずっと新入生に話しかけていた自分の
日本語が全く通じなかったことを思い出して
ゆみはヒデキに答えた。
「え、ゆみちゃんのクラスに日本人の新入生
が入ったのって珍しくない」
「そうなの、初めての日本人」
彼は、スリランカにあった店では、お店に車
を買いに来る主にスリランカ人相手の店頭販
売スタッフだった。
ここ横浜の貿易会社に赴任してからは、ネッ
トを介したメールやチャットでの販売なので
それまで店頭で販売しており、メールやパソ
コンがあまり得意でなかった彼としては、車
の受注を取るために苦労の連続だった。
1番の古株で、長年スリランカ店で頑張って
きてくれた彼に、社長も車の受注が取れるよ
うに必死で応援してくれていた。
もう1人のスリランカ人男性の方は、もとも
と横浜の貿易会社スリランカ店で働いていた
スタッフだった。
といっても、横浜の貿易会社でスリランカに
店を構えていたのは、5年以上前のことで、
5年前にスリランカの店を閉じてから、彼は
日本にやって来て、ここ横浜の貿易会社で働
くようになっていた。
育成部門の日本人スタッフ達も、2年前から
ここで働くようになったばかりなので、ここ
横浜の貿易会社では、1番の古株だった。
「シャラン、モルジブはどうだった?」
「一応、海外バイヤーからお返事は来たよ」
ゆみが話しているシャランが、輸出部門配属
のスリランカ人のうちの1人だった。
輸出部門には、シャランの他にスリランカ人
の男性がもう1人いた。
「お返事来たのだったら、良かったね」
シャランは、ゆみがここ横浜の貿易会社に入
社する3ヶ月前ぐらいに中途入社したスタッ
フだった。ゆみよりは少しお姉さんだったが
同じ女性同士で仲良くなっていた。
育成部門のスタッフは皆、日本人だった。3
人とも大学を出て数年ぐらいの若いスタッフ
ばかりだ。
それに対して、輸出部門のスタッフは、部長
とゆみを除いて、他は全て外国人スタッフば
かりだった。
輸出部門は、少し前まではベトナム人、オー
ストラリア人にカナダ人のスタッフだった。
現在は、アフリカのケニア人、タンザニア人
にスリランカ人の構成だった。
結構、入れ替わりの激しい部署だった。
「そうなんだ。ハイエースならば、いくらで
もあるんじゃないの」
「まあ、そうだろうけど」
2人は、笑顔で笑っていた。
「古物商許可証って、どうやったら取れるの
さ。警察に行っても、文句ばかり言われて取
れないよ」
受講者から愚痴をこぼされる時よりも、
「初めて車のオファーが届いたよ」
そう報告される方が、受講者達の成長も感じ
られて嬉しくなる瞬間だった。
「オファーが来たんだってさ」
育成部門の担当者が、ゆみの作ってあげたホ
ームページに車のオファーが初めて来たこと
を、ゆみに報告してくれていた。
「そうなの、良かった」
ゆみは、彼に言った。
「アフリカからのオファーで、ハイエースを
リクエストされているんだそうだ」
輸出部門担当者は、話してくれた。
「これから、中古車オークション会場から車
を探して、返事を書くんだそうだ」
「ゆみちゃん!」
ミスタールビンに良明をお願いして、自分の
クラスに戻ろうと歩き出したゆみは、教室の
後方から呼び止められた。
「あら、こんにちは」
ゆみは、ヒデキに挨拶した。
ヒデキも、ミスタールビンの英語の授業を受
けていたのだった。
「どうしたの?ゆみちゃんもミスタールビン
の授業を受けるの?」
ヒデキは、ゆみに聞いた。
「ゆみ、久しぶりじゃないか」
ミスタールビンは、ゆみに日本語で言った。
ミスタールビンは、大学で日本語を勉強して
いて、日本人と同じぐらい上手に、きれいな
日本語を話せる先生だった。
「うちのクラスのヨシュワキー君です」
ゆみは、ミスタールビンに紹介した。
「こんにちは、ヨシュワキー君」
ここPS24小学校では、日本から来たばか
りの日本人生徒たちを集めて、ミスタールビ
ンが英語の授業を行なっていた。
「私たち、先に行っているね」
シャロルは、ゆみに言った。
ゆみたちの午後の授業は音楽だった。ゆみは
良明をミスタールビンの教室に連れて行かな
ければならなかったので、シャロルは、先に
音楽室へ向かった。
「これからミスタールビンの教室に行くの」
ゆみは、良明に説明した。
「ミスタールビンは、私よりも日本語がすご
く上手だから、話しやすいと思うよ」
ゆみは、良明に伝えた。
「私のサンドウィッチ、半分食べる?」
ゆみは、自分の分のサンドウィッチを半分、
良明に差し出したが、良明は、結局それも全
く何も食べてくれなかった。
「ゆみ!」
アスター先生が、ゆみたちの座っているテー
ブルにやって来た。
「午後からの授業なんだけど、午後は、ヨシ
ュワキーはミスタールビンの授業なので、ミ
スタールビンのところに連れて行ってあげて
ちょうだい」
アメリカの学校でのお弁当は、紙袋にサンド
ウィッチと缶ジュースを入れて持ってきてい
る子が殆どだった。
「ごはんだよ」
ゆみも、自分の紙袋を開くと、中から持って
来たサンドウィッチと小さな缶ジュースを出
して食べは味めた。
良明は、横の席に座ったままだ。
「ごはん持って来ていないの?」
ゆみは、良明に聞いたが、良明は黙ったまま
椅子に腰掛けていた。
いつの間にか、ゆみは、日本語で説明すると
いうよりも、良明の手を引っ張って、移動さ
せるようになっていた。
「マイケルじゃないけど、ゆみのそれっても
はや通訳じゃないよね」
シャロルも、ゆみの通訳を笑っていた。
食堂には、机と椅子が用意されていて、生徒
たちは、そこへ腰掛けてお昼を食べる。
お昼ごはんは、給食ではなくて、生徒たちそ
れぞれが持参して来た自分のお弁当を食べる
ことになっていた。
「ゆみ、その通訳ならば、俺は日本語を全く
話せないけど、俺でも出来ると思うぞ」
マイケルが笑いながら、ゆみに言った。
確かに、今のゆみの誘導は、日本語らしい言
葉をまるで使っていない、手で引っ張っただ
けだった。
ランチタイムは、学校の地下にある食堂へ行
って、そこで食事をするのだった。
「食堂に行くのよ」
どうせ、ゆみが話す日本語は良明には通じな
いのだから、手振りで説明し始めていた。
「次はランチタイムです、生徒の皆さんは教
室の前に並んでください」
アスター先生は、皆に言った。
午前の授業中、ずっとゆみは自分のルーズリ
ーフを広げて、良明にも見せて、一生懸命、
先生の話している授業の内容を説明していた
のだったが、ゆみの日本語が通じないらしく
て、良明はずっと黙ったままだった。
「ランチタイムよ。前に並ぼう」
ゆみは、良明の手を引っ張って、椅子から立
ち上がらせると、一緒に前へ並んだ。
「アスター先生!ゆみの日本語がおかしくて
全然通訳になっていません」
マイケルが手を上げて笑いながら、アスター
先生に報告した。
「ゆみも、アメリカ生活の方が長くて、あま
り日本語得意じゃないから困ったわね」
アスター先生は、マイケルに苦笑した。
「ゆみちゃんは、簡単な日本語で良いから、
彼に説明してあげなさい」
もっとお兄ちゃんと日本語の勉強をしておけ
ば良かったと思っても今更手遅れだった。
「私、ゆみ。ヨシュワキー君、こんにちは」
やはり、良明は何も言わず黙ったままだ。
「ね、たぶん日本語の発音おかしいのよ」
シャロルは、ゆみに言った。
以前、ヒデキ君たち日本人とゆみが会話して
いた時にも、ゆみの日本語の発音がおかしく
て、ヒデキたち日本人にさえ、ゆみの言葉が
通じなかったことがあったのを思い出した。
「そうかもしれない」
ゆみが、困ったようにシャロルの顔を見た。
「どうしたら良いかな」
ゆみは、アスター先生に言われて、良明を自
分の隣の席に案内した。
「ヨシュワキー君、ここがあなたの席よ」
ゆみは、手で引っ張って椅子に座らせると、
良明に言った。
「ここ、あなたの席」
ゆみが話しかけても、良明は黙っていた。
「ゆみ、ゆみの日本語って発音下手だから通
じていないんじゃないの」
それを見て、親友のシャロルが、向かいの席
からゆみに言った。
ゆみの隣の席には、マイケルがいた。
「マイケルは、向かい側のシャロルの横に席
を変わってちょうだい」
アスター先生は、ゆみの横の席を空けると、
そこに良明のことを座らせた。
「ヨシュワキー、ゆみの隣があなたの席よ」
アスター先生は、良明に伝えた。
「英語じゃ通じないか。ゆみ、あなたが日本
語で説明してあげてちょうだい」
アスター先生は、ゆみに命じた。
「こんにちは、ここがあなたの席よ」
「えーと、彼の名前は、」
アスター先生は、紙に書いてある良明の名前
を読み上げようとして、苦労していた。
「これは、どう読んだらいいのかしらね」
アスター先生は、日本人の名前の読み方の難
しさに悩んでいた。
「えーと、多分ヨシュ。ヨシュワキーかな」
アスター先生は、なんとか読み切った。
「日本人同士だから、ゆみの隣の席にしまし
ょうか。ゆみちゃん、色々教えてあげてね」
アスター先生は、ゆみに言った。
アスター先生は、良明には英語が通じないと
は思ったが、一応そんなことをお喋りしなが
ら、良明と歩いていた。
「はーい。皆さん、授業を始めますよ」
アスター先生は、教室の入口に立つと、中に
いる生徒たちに声をかけた。
「今日は、新しく仲間になる日本から来た新
入生を紹介します」
アスター先生は、良明のことをクラスの生徒
たちに紹介した。
「彼の名前は、」
アスター先生は、良明と一緒に廊下を歩いて
教室へ向かっていた。
「こんにちは、アスターといいます」
アスター先生は、良明に自己紹介したが、良
明には英語が通じなかったようだった。
「まだ日本から来たばかりで、英語じゃわか
らないのか」
良明は、黙ったまま、歩いていた。
「うちのクラスには、日本人の女の子がいる
のよ。席は、その子の隣にする予定だから、
いろいろ学校のことは、彼女に聞いてね」
岡島の奥さんも、中山先生たちと一緒に2人
の教室へついて行くことになった。
「隆くんは、もうここまでで良いわよ」
「良いんですか?」
「隆くんは、会社だってあるでしょう」
中山先生は、隆のことを解放してくれた。
「それじゃ、宜しくお願いします」
隆は、中山先生たちと別れると、車に戻って
マンハッタンの会社へ出勤した。
「意外に、早く解放してもらえた」
隆は、車の運転しながら呟いていた。