「9時からクラブハウスでクラブレースの艇
長会議だってさ」
麻美子は、マリーナ事務所で聞いてきたこと
を隆に報告した。
「じゃ、麻美子が艇長会議に出て来てよ」
「え、私が?無理だよ、私ってラッコの艇長
じゃないし」
「大丈夫。陽子が頭いいから、陽子と一緒に
艇長会議に出て話を聞いてきなよ」
麻美子は、隆に言われて、陽子と一緒にクラ
ブハウスで始まる艇長会議に出席した。
「9時からクラブハウスでクラブレースの艇
長会議だってさ」
麻美子は、マリーナ事務所で聞いてきたこと
を隆に報告した。
「じゃ、麻美子が艇長会議に出て来てよ」
「え、私が?無理だよ、私ってラッコの艇長
じゃないし」
「大丈夫。陽子が頭いいから、陽子と一緒に
艇長会議に出て話を聞いてきなよ」
麻美子は、隆に言われて、陽子と一緒にクラ
ブハウスで始まる艇長会議に出席した。
「2人が参加してる間に、うちらは出航準備
しておくよ」
クラブハウス
「それじゃ、艇長会議を始めます!」
ウララの松浦オーナーが、艇長会議の進行役
を買ってでていた。
うちの横浜マリーナでは、本格的にヨットレ
ースをやっているヨットといえば、松浦オー
ナーのウララぐらいしかいなかった。
ウララが、ヨットレースに関してはマリーナ
で一番詳しいヨットだった。
横浜マリーナでクラブハウスを開催するとき
は大概、ヨットレースに一番詳しいウララが
陣頭指揮を取ることが多かった。
「本日のクラブレースのコースですが」
松浦オーナーが、クラブレースの開始時間や
コースなどについて、今日のクラブレースに
参加するヨットオーナー達に説明していた。
「なんか説明が難しいな」
説明の中に、ヨットレースの専門用語が多く
出てきて、麻美子には話の内容がほぼ理解で
きないでいた。
「最初は半時計回りで回るけれども、次のブ
イは時計回りで回るのですね」
陽子は、松浦オーナーの説明する内容を理解
して、松浦オーナーにちゃんと確認も取って
いた。
「すごいな、陽子ちゃん」
麻美子は、自分が全く理解できていないヨッ
トレースの説明をしっかり把握している陽子
に感心していた。
「松浦さんの話していることを、よく理解で
きていたわね」
艇長会議を終えてラッコに戻る道すがら、麻
美子は陽子に聞いた。
「私も、ヨットレースなんて初めてだし、よ
区わからないこともあったけど、大体は前後
の文脈で想像がついたかな」
陽子は、麻美子に答えた。
はあ、この子ってすごい、あの一瞬の会議で
そこまで理解できちゃうんだと陽子に脱帽し
てしまった麻美子だった。
「私は歳かな、全然理解できなかったわ」
麻美子は、陽子に苦笑してみせた。
「クラブレースのコースってわかったの?」
隆は、ラッコのステアリングを操船しながら
麻美子に質問した。
「金沢沖の赤ブイを反時計回りで回って」
「そうね」
「で、沖合いの黄色ブイを時計回りに回る」
「確か、そうだったわね」
「それで戻ってきたら、そのままゴール」
隆に質問されて、麻美子は相槌ちを打ってい
るだけで、陽子が隆に詳しく説明していた。
「麻美子は、全然わかっていないんだ」
地井さんの27フィートのモーターボートが
今日のクラブレースのコミッティ艇を務めて
くれていた。
コミッティ艇上では、10分前、5分前に旗
を掲揚してくれて、その旗でレースのスター
ト時間がわかるようになっていた。
そして、スタートとともに掲揚していた旗を
下ろして、レースはスタートした。
「うちの船は、このまま風下側のブイからス
タートしよう!よし、スタートラインぴった
りでスタートできたぞ!」
隆は、地井さんのモーターボートから鳴った
スタートの合図を知らせるホーンと同時に、
どのヨットよりも早く一番でスタートライン
を越えて、スタートしていた。
隆のヨット歴は長く、隆が中1の時に、ここ
の横浜マリーナで開催されているジュニアヨ
ット教室に参加していた頃まで溯る。
隆は、ジュニアヨット教室ではレース練習も
していたが、ヨットレースはあまり好きでは
なく、ヨットの乗り方は常にクルージング派
のセーラーだった。
それでも、ヨット歴だけは長かったのとジュ
ニアヨット教室時代は、他のヨット教室の生
徒たちとレース練習ではよく競い合って乗っ
ていたため、ヨットレースの技術は持ち合わ
せていた。
「ね、もしかして、このレースってラッコが
一番で走っている?」
瑠璃子が、隆に聞いた。
ラッコのクルーたちは、自分たちラッコのヨ
ットが、他のヨットよりも1番先頭で走って
いることに気づいて、口々に話していた。
しかし、しばらく走っていると、ウララがラ
ッコに近づいてきて、そのまま、ラッコのこ
とを追い抜いて行ってしまった。
ウララだけではなかった。
他のヨットたちも、どんどんラッコに追いつ
いてくると、次々と追い抜かれていき、気づ
くと一番最後尾から2番目を走っていた。
「せっかく1番だったのに、どんどん追い抜
かれちゃったよ」
「せっかく1番だったのに、なんか皆に追い
抜かれてしまったよ」
「それは無理だよ。うちのラッコは、船内に
フィンランドの木材が多量に使われていて、
他のヨットよりも遥かに重たいヨットなんだ
から」
隆は、あっという間に最後尾に追いやられて
しまって、残念そうな顔をしているクルーた
ちに言った。
「ラッコの後ろって、もう中村さんのアクエ
リアス1艇しかいなくなっちゃったね」
麻美子は、ラッコの後ろを振り返って、確認
しながら言った。
「それは仕方ないよ」
隆は、麻美子たちに答えた。
「ウララとかは、レースで速く走るために、
うちのヨットみたいな重たい家具を船内から
排除して、軽い内装にして作られているのだ
から」
隆は言った。
「うちのヨットとは違って、ともかく速く風
で走れるようにするために、コストをかけて
作られているヨットだからね」
「ヨットって、それぞれ造りが違うのね」
結局、クラブレースでのラッコの順位は、後
ろに中村さんのアクエリアス、ラッコと同じ
パイロットハウスの付いた重たいクルージン
グ艇を1艇従えての堂々と最後尾、ブービー
でゴールすることになりそうだった。
「麻美子、お昼ごはんにしようか」
まだ、ラッコは一番先にある赤ブイまでも到
達していないというのに、一番先頭を走って
いたウララは、既に赤ブイを回ってUターン
して、復路のコースをゴールへ向かって走っ
て戻ってきていた。
「サンドウィッチあるわよ」
もうとっくの昔に、クラブレースの順位など
諦めているラッコのデッキ上では、ピクニッ
クテーブルを広げて、麻美子の作ってきたサ
ンドウィッチをお皿にだし、ランチパーティ
ーの真っ最中だった。
「お帰りなさい!」
隆たちラッコのクルーたちは、復路のコース
を戻って来て、すれ違ったウララのクルーた
ちに、サンドウィッチ片手に笑顔で手を大き
く手を振って挨拶していた。
「まだレースは、終わっていないぞ」
ウララの松浦オーナーは、ラッコの方を見て
笑っていた。
ウララのクルーたちは、まだクラブレースの
真っ最中で、お昼ごはんのサンドウィッチど
ころではなかった。
ウインチにジブシートを巻きつけて、ウイン
チハンドルを回して、引っ張ったり出したり
とセイルトリムに大忙しだった。
「なんか大変そうなヨット」
「力が無いと乗れないヨットなのね」
ラッコのクルーたちは、すれ違うウララの艇
上で、必死にウインチを回している男性クル
ーたちを眺めて、呟いていた。
「な、レース艇は大変だろう」
隆が、陽子に言った。
「だから、男性の生徒は、ウララとかに振り
分けられて、私たち女性がラッコに振り分け
られたのね」
「わかるだろう、うちのヨットに女性しか振
り分けられなかった理由が」
陽子は、隆に頷いていた。
ようやく赤ブイに到達して、ブイを回ってU
ターンして復路に入ったラッコが、ゴールへ
向けて走っていると、ゴールラインで待って
いた地井さんのモーターボートからラッコの
ところにも、
フォーーーン!
と微かにホーンの鳴る音が聞こえてきた。
「お、レース艇のウララがゴールしたな」
「さっき、すれ違った船でしょう、速いね」
隆は、ラッコのステアリングを握りながら、
聞こえてきたホーンの音に反応していた。
「もうゴールしちゃったんだ」
「速いよね」
隆や陽子たちが、ゴールしたウララの艇を眺
めて、話していた時に、
「あらら、なんかスピンが絡まっているよ」
ゴールとは、反対方向の後ろを眺めていた麻
美子が指差しながら叫んだ。
スピンとは、追い風の際に上げてヨットを走
らせるセイルのことで、正確にはスピンネー
カーと呼ばれるふっくらと丸い形をしたセイ
ルのことだった。
ヨットのセイルは、メインセイルもジブセイ
ルも基本的に白色のものが多いのだが、スピ
ンネーカーのセイルだけは、赤やら青やら何
色もの色でカラフルに彩っているセイルが多
かった。
レース後半、帰りのコースは、風向き的に追
っ手、船の後ろから吹いてくる風だったため
中村さんのアクエリアスでは、スピンネーカ
ーを上げたのだろう。
そして、スピンネーカーがジブセイルのシー
トと絡みあってしまっていた。
中村さんのアクエリアスでは、スピンネーカ
ーとジブのせいるが絡み合っていた。
「助けに行ってあげないの?」
「自分たちでなんとかするだろうよ」
隆は麻美子に答えた。
麻美子は、ずっと絡まったままのアクエリア
スのセイルを心配そうに眺めていた。
「助けに行ったほうが良くない?」
アクエリアスの中村さんとも、冬の間、隆と
2人だけで乗っていた時に、何回か沖合いで
会ったことがあった。
アクエリアスの中村さんは、東京で歯医者さ
んを営んでいる先生で、ヨットでも、麻美子
が舫いロープを結べずにいた頃に、いつも手
助けしてくれていた、とても親切で優しいお
じさんだった。
「ね、助けに行って上げようよ」
後ろを気にして、ずっとアクエリアスの様子
を眺めていた麻美子が、隆に言った。
「大丈夫だよ、気にしなくても」
隆は、後ろは気にすることなく、前を向いて
ラッコを走らせていた。
絡まり合ってしまっていたアクエリアスのセ
イルは、一向に外れず絡まったままの状態で
ずっと走り続けていた。
隆は、後ろのアクエリアスのことは、ぜんぜ
ん気にせず、ラッコを前へと走らせていた。
「隆、助けに行って上げようよ!」
まったく後ろのアクエリアスのことなど気に
もせずに、自分のラッコがレースでゴールす
る事だけ考えて、前方へ走らせている隆の姿
を見た麻美子は、なんか隆が冷たい奴に見え
てしまい、声が大きくなってしまっていた。
「いや、アクエリアスは大丈夫だと思うぞ」
隆は、麻美子に言われて、後ろをチラッと振
り向きながら返事した。
「隆。いい加減にしなさいよ!」
中村さんのアクエリアスは、隆が、いま乗っ
ているラッコのヨットを買う前まで、ずっと
クルーとして乗っていたヨットだった。
あともう少しで目の前の黄色ブイを回れるし
そこを回ったら、もうゴールも目前だし、こ
のままアクエリアスの事は、ほっておいてゴ
ールしてしまおうかと考えていた。
しかし、チラッと麻美子の方へ目を向けると
麻美子の目が、後ろで困っている艇がいると
いうのに、あんたは、ほったらかしにしてゴ
ールを目指すのかというきつい目をして睨ん
でいるように見えた。
「ちょっとUターン、タックして、様子を確
認してくるか」
隆は、すぐ側にいた陽子に言うと、陽子は左
側のウインチにジブシートをセットして、隆
の方向転換に合わせて、ジブセイルの位置を
右から左に入れ替えた。
「陽子はすごいな、もう完全にタックのやり
方を覚えてしまっているじゃん」
隆は、麻美子の方を振り向かないようにしな
がら、陽子に言った。
「どうせUターンするなら、最初から言うこ
と聞きなさいよ」
陽子は、麻美子が隆の頭をコツンと小突いて
いるところを見てしまって、思わず苦笑して
しまっていた。
ラッコは、ゴールとは反対方向のアクエリア
スに向けて走り始めた。
「大丈夫ですか?」
ラッコが、ゴールを諦めてアクエリアスの近
くまで戻ってくると、隆は呼びかけた。
ラッコで、アクエリアスのすぐ真横を走りな
がら、ジブシートを緩めろとかスピンのシー
トを緩めろと隆は、アクエリアスの船のクル
ーに向かって指示を飛ばしていた。
隆が指示を飛ばして、その通りにアクエリア
スのクルーたちは、シートを操作しようとし
ているのだが、上手く絡まったセイルを解け
ずにいた。
「エンジンをかけよう」
隆は、陽子に指示すると、陽子はパイロット
ハウスの中に入り、ラッコのエンジンを始動
してきた。
「舫いロープを準備して」
エンジンが掛かると、隆は、ラッコのクルー
たちに指示して、舫いロープを準備させた。
海上でアクエリアスに横付けした。
舫いロープは、船同士を軽く舫うだけにして
クルーたちに船体同士が当たらないように、
手で支えてもらっていた。
「麻美子、ラットを握っていて」
隆は、握っていたラッコのステアリングを麻
美子に託した。
「陽子、俺と一緒に、アクエリアスへ乗り移
って手伝ってくれるか」
隆は、陽子と一緒に、アクエリアス側に乗り
移ると、アクエリアスのクルーからジブとス
ピンのシートを受け取って、陽子と一緒にシ
ートを上手いこと操作しながら、セイルの絡
みを解いてしまった。
「これで絡みは外れたよな」
アクエリアスのクルーが4、5人でシートを
引いたり出したりしていても、全然解けなか
ったセイルの絡みを、隆は、陽子と2人だけ
でわずか数分で解いてしまっていた。
「これで大丈夫かな」
隆は、陽子と一緒にアクエリアスから自分た
ちのラッコに戻ると、ラッコはアクエリアス
から離れた。
「ありがとう、助かったよ」
中村さんは、アクエリアスの艇上から、ラッ
コの隆へ声をかけた。
アクエリアスは、そのままスピンネーカーを
下ろすと、ジブセイルとメインセイルで黄色
のブイまでセーリングしてから、ゴールライ
ンを越えてクラブレースをゴールした。
ゴールしたアクエリアスの後ろを追走してい
たラッコもゴールラインを越えた。
「結局、ラッコはアクエリアスよりも後だか
ら最下位になってしまったね」
雪は、隆に言った。
「いや、ラッコは最下位でもないよ。途中か
らエンジンを掛けているから失格だよ」