いつも学校の授業の成績もわりと優等生だっ
た香代は、初めて聞くヨットの知識でも教本
の内容を読みながら、座学の先生の話を聞い
ていると殆どの内容を理解できた。
「それでは、お昼休憩にしましょう。午後は
1時から始めます」
午前の座学の授業が終わって、教壇の先生も
お昼を食べに教室を出ていった。
生徒たちも、それぞれ教室を出て、近くのス
ーパーに行って、お昼の弁当などを買ってく
ると、マリーナの敷地内で食べていた。
いつも学校の授業の成績もわりと優等生だっ
た香代は、初めて聞くヨットの知識でも教本
の内容を読みながら、座学の先生の話を聞い
ていると殆どの内容を理解できた。
「それでは、お昼休憩にしましょう。午後は
1時から始めます」
午前の座学の授業が終わって、教壇の先生も
お昼を食べに教室を出ていった。
生徒たちも、それぞれ教室を出て、近くのス
ーパーに行って、お昼の弁当などを買ってく
ると、マリーナの敷地内で食べていた。
香代は、あまりお腹も空いていなかったし、
バッグの中に持ってきたグミの袋を開けて、
それをつまみながら、午前中に教えてもらっ
た座学の内容を1人机で復習していた。
「午後の授業を始めましょうか」
教壇に先生が戻ってくると、午後の座学が始
まった。
午後は、1時間ぐらい教壇の先生の話す座学
を聞くと、その後は、生徒たちそれぞれに短
い長さのロープを3本ずつ配られて、そのロ
ープを使って、ロープ結びの実習になった。
座学の講習は、教本を片手に先生の話を聞い
ていて、だいたい内容を理解できていた香代
だったが、いざロープワークの実習になると
なかなかうまくロープを結べずにいた。
「うまく結べる?ヨットのロープの結び方っ
て本当に難しいよね」
香代がロープの結び方で苦労していると、そ
れを後ろで眺めていた長いストレートの黒髪
を胸の辺りまで垂らしたお姉さんが香代に話
しかけてきてくれた。
「そうそう、そこは上から通すのよ」
「そっちは、こうやって下から通すと、うま
く結べるわよ」
ストレートの長い黒髪のお姉さんは、香代に
優しく結び方を教えてくれた。
香代が気づくと、午前、午後の座学の間は、
教壇の先生とヨット教室の生徒たちしかいな
かった教室に、他にもたくさんのおじさん、
おばさんたちが集まって来ていた。
香代が、髪の長いお姉さんにロープワークを
教わったように、教室の周りに集まって来た
人たちも、生徒達に結び方を教えていた。
初めて教わるヨットのロープワークに、生徒
たちは皆、ロープ結びに苦労していた。
教室の先頭にいた先生だけでは、生徒たち皆
のロープワークを見てあげられず、集まって
来たおじさん、おばさんたちも生徒たちのや
っているロープワークをそれぞれ手伝ってい
たのだった。
「上手に結べるようになれたじゃないの」
香代は、ストレートの長い黒髪のお姉さんが
すっかり気に入ってしまって、彼女に全て教
わってしまっていた。
教室に集まって来たおじさん、おばさんたち
は、ここのマリーナにヨットを停泊している
オーナーさんたちで、ロープワークの実習が
終わったら、生徒たちは、彼らのヨットに振
り分けられる予定になっていた。
「隆!私が生徒さんたちを迎えに行って、後
で、そっちに連れて行くね」
「わかった!頼む」
ストレートの長い髪のお姉さんは、教室の窓
から見えるヨットのデッキで作業している男
性に声をかけていた。
「俺らも、来週からあそこに停まっているど
れかのヨットに乗れるんだよな」
前の席の男性が、ロープワークの練習しなが
ら、横にいる仲良くなった彼と話していた。
香代は、彼の話を聞きながら、このお姉さん
もヨットのオーナーさんで、生徒のことを迎
えに来ているんだろうなと思った。
「私は、このお姉さんのヨットに振り分けら
れると良いのにな」
香代は、お姉さんにロープの結び方を教わり
ながら考えていた。
今朝の横浜マリーナは、随分と人が多く騒が
しかった。
今日から今年のクルージングヨット教室が始
まるので、マリーナにはヨット教室に参加す
る生徒さんたちがいっぱい集まって来ていて
いつもは静かなマリーナの敷地内が若い人た
ちのお喋りする声で騒々しかった。
生徒たちの間をかき分けて、麻美子は隆と一
緒に自分たちのヨットへ向かった。
「夕方から生徒たちの引き渡しだから、午前
中少しだけ海に出て帆走してこよう」
あんなに大勢の生徒さんたちがヨットに乗り
に来てくれるのだったら、来週からは別に私
が隆と一緒にヨットへ来なくても、隆もさみ
しくないわねと麻美子は思っていた。
「来週からは、私がヨットに来なくても、い
っぱい人いるし大丈夫だよね」
麻美子は、隆にそう伝えようと思いつつも、
ずっと言い出せずにいた。
午前中、ヨットで海に出航して、いつもの貯
木場には立ち寄らずに、昼過ぎにはマリーナ
へ戻って来て、お昼を食べていた。
お昼、ヨットで海に出航して昼過ぎにマリー
ナへ戻って来て、キャビンでお昼を作って、
デッキで昼食を食べているときも、麻美子は
隆にそのことを伝える機会を逃していた。
「そろそろ各艇に生徒さんたちを振り分けま
すので、オーナーさんはクラブハウスの方へ
お集まり下さい」
マリーナの職員さんが、各艇のオーナーさん
に伝えていた。
「生徒達を迎えに行くの私が行こうか」
麻美子は、忙しそうにしている隆に言った。
隆は、午前中、セーリングをして来たヨット
の後片付けで忙しそうだった。お昼ごはんの
後片付けを終えた麻美子は、隆に提案した。
「よろしく頼むよ」
ヨットのセイルを折りたたんでいた隆は、黙
って麻美子に頷いた。
麻美子がクラブハウスに行くと、他にも多く
のヨットオーナーさんたちが生徒たちのこと
を迎えに来ていたのだった。
その中に、麻美子が最近知り合ったウララの
松浦オーナーの姿もあった。
「松浦さんのところも、生徒さん取られるの
ですか?」
麻美子は、この冬の間ずっとヨットへ乗りに
来ていて、すっかり顔見知りになってしまっ
たウララの松浦オーナーに話しかけた。
「うちのヨットは、若い男性クルーがいない
と走らせられないヨットだから」
ウララは、隆の乗っているラッコのヨットと
は、まるっきり違うタイプのヨットで、ヨッ
トレースで速く走ることだけに特化して造ら
れているヨットだった。
麻美子は、以前、ウララの船内を覗かせても
らった時、速く走れるようにと船体を軽くす
るため、ほぼ何もない空っぽの船内に驚いた
ものだった。
パイプベッドが両サイドに4個備え付けられ
ており、カセットガスコンロ1個とバケツが
置いてあるだけの船内を見せてもらったこと
があった。
「え、これがトイレなんですか」
ただの青いバケツがウララのトイレで、そこ
へ用を足して海に流すのだそうだ。
「そのバケツはあまり触れない方が良いよ」
「そうなんですか?」
「うちの皆のトイレだから」
松浦オーナーは、麻美子に苦笑していた。
トイレの用だって、扉も何もない、ちょっと
した仕切りの影へバケツを持って行って、そ
こで済ませてくるのだと説明してくれた。
「私、ウララには乗れないわ」
「まあ、そうだろうね」
松浦オーナーは苦笑していた。
麻美子は、その時のことを思い出していた。
「それでは、生徒さんたちを振り分けます」
マリーナ職員が皆に伝えた。
「自分の船の名前が呼ばれたら、オーナーさ
んは教室の前方に出てきて下さい」
教壇の先生に代わってマリーナ職員が、教室
の後ろの方に集まっていたヨットのオーナー
さんたちに声をかけた。
「ウララさーん!」
「はーい」
先生に呼ばれて、オーナーの松浦さんは、教
室の前方に移動した。
マリーナ職員は、ウララに振り分けられる生
徒さんたちの名前を呼び、呼ばれた生徒さん
たちも教室の前方に移動して、これからお世
話になるヨットのオーナーさんと対面した。
「皆さん、若い男性ばかり」
レース艇のウララに振り分けられる生徒さん
たちは流石に皆、若くて力のありそうな男性
たちばかりであった。
「それはそうよね、あのヨットだし」
麻美子は、ウララの船内に置いてあったバケ
ツのトイレのことを思い出していた。
「うちのヨットには、どんな生徒さんたちが
振り分けられるのかな」
麻美子は、自分が呼ばれるのを待ちながら、
考えていた。さっき、ロープの結び方がよく
わからずに私が教えてあげた女の子って素直
で可愛かったし、あの子がうちのヨットに振
り分けられるといいな。
「ラッコさーん」
教壇のマリーナ職員に呼ばれた。
「はーい」
麻美子は、慌てて教室前方へ移動した。
「永田さん、柏木さん、中村さん、鈴木さん
は、前へ出てきてください」
麻美子が教室の前方に移動すると、マリーナ
職員は、今度はラッコに振り分けられる予定
の生徒さんたちの名前を順番に呼んでいた。
先生に名前を呼ばれる度に、呼ばれた生徒さ
んが返事をして教室前方に出てくる。
最後に、鈴木さんと呼ばれた生徒が教室の一
番後ろから返事して、教室の前方に歩いて来
た。麻美子がさっきロープワークを教えてあ
げていたあの可愛い女の子だった。
「彼女、うちのヨットに振り分けられたんだ
麻美子は、彼女の名前が呼ばれたとき、なん
かちょっと嬉しかった。
「永田瑠璃子さん、柏木雪さん、中村陽子さ
ん、鈴木香代さん」
麻美子は、クラブハウスで先生から受け取っ
た資料を確認しながら、ラッコのヨットに振
り分けられた生徒さんたちの顔を確認した。
みな女性ばかりだった。
「これじゃ、隆が困らないかな」
と麻美子は思った。
隆は、毎週自分と一緒にヨットへ乗ってくれ
るクルーを求めて、クルージングヨット教室
の生徒さんたちを自分のヨットに受け入れる
ことにしたはずだった。
一緒に乗ってくれるということは、セイルを
上げたり下げたりする際、一緒にヨットを操
船してくれる人を求めているはずだ。
セイルを上げたり下げたりするのに、女の子
ばかりだったら困るんじゃないかな。
「私が、隆に変わって生徒さんのお迎えに来
てしまったからかな」
麻美子は、自分が生徒を迎えにきたせいかと
反省していたが、実はそうではなかった。
ヨット教室の生徒さんの振り分けは、麻美子
が迎えにくる以前から既にマリーナのスタッ
フ間で決めていて、クルージングヨット教室
の生徒さんたちは、もともと7:3で女性の
数の方が多いのだった。
ウララのようなレース艇たちに若い男性生徒
さんたちを先行して振り分けしてしまうと、
もうあと残りは、ほぼ女性の生徒さんしか残
っていないのだった。
そのため、必然的にラッコへの振り分けは女
性ばかりになってしまうのだった。
「それじゃ、うちのヨットを案内しますね」
麻美子は、生徒たちに言うと、ラッコの船体
にキャタツをしっかり掛け直した。
隆のヨットは、横浜マリーナの海上に係留さ
れて保管されているわけではなかった。
横浜マリーナ内の敷地に船台というヨットの
船体を上に載せて保管しておける台車があっ
て、その台車の上にラッコのヨットを載せて
陸上で保管されているのだった。
そのため、ヨットが陸上で保管されていると
きは、ヨットの船体に長いキャタツを立てか
けて、キャタツを登って船体のデッキ上に乗
り降りしなければならなかった。
「スカートじゃ上がれないものね。私と一緒
に下でお話しながら待っていようか」
生徒のうち永田瑠璃子は、その日はパンツで
なく、オーバーオールタイプのジャンパース
カートを着ていた。それを見て、麻美子は、
永田瑠璃子にそう伝えた。
「え、ぜんぜん大丈夫です」
永田瑠璃子は、何の問題もなく手でスカート
をくるっと捲利上げると、上手にキャタツを
よじ登ってデッキ上に上がってしまった。
「うわ、さすが若い子は身体が柔らかくて機
敏だわね」
麻美子は、スルスルとロングスカートでキャ
タツをよじ登ってしまった永田瑠璃子の姿を
見て呟やいていた。
「私より上がるの上手ね」
むしろ、パンツしか着ない麻美子よりも、よ
り上手にキャタツを上がっていた。
むしろ、キャタツの上り下りで苦労していた
のは、自分と同年代ぐらいの柏木雪だった。
柏木雪は、スカートではなくパンツを着てい
たが、うまくキャタツを登れずに、麻美子が
下でずっとしっかりキャタツを抑えてあげて
ようやく上まで登れたのだった。
「中に作業中の汚いおっさんがいるけど、オ
ーナーだから驚かなくて大丈夫よ」
麻美子は、一番最後にキャタツをよじ登って
デッキへ上がると、デッキ上にいた皆に声を
かけた。
麻美子も、初めてこのキャタツを登ったとき
には、上手くよじ登れなかったものだ。
横浜マリーナの船台上への上り下りするシス
テムは、もう少し登りやすいシステムがある
と良いのにと麻美子は思っていた。
「そのドアを開けて、中へどうぞ」
麻美子は、一番ドアの近いところに立ってい
た中村陽子に声をかけると、中村陽子はドア
を開けて、ヨットのキャビンの中へ入った。
「おじゃまします」
他の皆も、キャビンの中へ入った。
「いっらしゃい」
メインサロンの床板を開けて、中に入ってい
るエンジンの整備をしていた隆が顔をあげて
中村陽子に返事した。
「生徒さんたちは皆、若くてかわいい女の子
達ばかりよ」
麻美子は、隆が喜ぶかなと思いながら、そう
伝えたが、隆は別にそうでもなさそうだ。
隆自身は、ラッコに振り分けられる生徒さん
なんて皆、おそらく女の子ばかりだろうなと
は想定済みだ
横浜マリーナでのクルージングヨット教室は
いつも毎年春から秋にかけて開催されていて
いつも生徒の比率は男性より女性の方が多い
から、男性生徒はレース艇に振り分けられて
しまい、隆たちのようなクルージング専門の
クルージング艇には女性生徒しか振り分けれ
なくなってしまうのも定番になっていた。
「ソファに座って寛いでいてね。いま温かい
お茶を淹れるわね」
皆は、パイロットハウス前方の一段下がった
ところにあるダイニングソファに腰掛けた。
麻美子は、その手前にあるキッチンでお湯を
沸かして、紅茶とちょっとしたお菓子の準備
を始めた。
「お手伝いします」
永田瑠璃子と中村陽子が率先して、お茶の準
備をしている麻美子の側にいくと、麻美子の
手伝いをしてくれようとしていた。
「ね、今日はずっと1日お勉強してたから疲
れたでしょう?」
麻美子は、皆に聞いた。
「うん、知恵熱が出たかも」
「そうよね、お茶淹れるから寛いでてね」
「ルリちゃんは、会社で経理のお仕事してい
るんだよね」
麻美子は、今日会ったばかりの永田瑠璃子と
もすっかり仲良くなってしまっていて、ルリ
ちゃんと呼ぶようになっていた。
永田瑠璃子だけでなかった。鈴木香代は香代
ちゃん、中村陽子は陽子ちゃん、柏木雪のこ
とだけは、雪さんと呼んでいた。
「なんで、柏木さんだけは雪さんなの?」
隆は、麻美子に聞いた。